カテゴリ:小説
梅の花がちらちらとその淡いピンク色を帯びて咲いている。春一番が吹き荒れ、そうしてやがて暖かさを運んできた。皆に訪れるその淡い季節は人々の中で色を変えて映っていることであろう。高校卒業の春。あれほど霞んで見えた春はなかった。春が嫌になることを初めて知った若造は一人の人を見た。その人もその春がひどく霞んで見えて、そうして春をまともに見れなくなっていた。6年。ただ彼は走った。世間から見ればその歩調は緩やかであった。時には立ち止まるときもあった。そして後ろを振り返り自分が嫌になるときもあった。私には分からない彼の切々なる営みは浪人生という暗い十字架を背負って、走っていた。私の何倍も苦労をした彼だからこそ分かり得るその境地を私は惜しみない賛辞を持って讃えた。走った、走った。その季節を良いものに変えようと自分を貫こうと浪人生活を走った。彼の浪人物語は終着駅にたどり着こうとしていた。
儚い自信を思った。私の中の淡い自信は一人の浪人生を通して一つ一つ蘇っていった。一人の浪人生を肌で感じ私の中で埋もれていた自信はゆっくりと前を向き始めた。私は文を書くことにした。何でもない、何に変えることもない、揺るがない小さな自信を胸に、小さな歩幅で文を書き始めた。 飾ることのない素直な自分を、浪人という過去を越えて、私は小さな光を見た。 目を閉じる。開ける。あのときの経験は心の中に生き続けている。そうして全てを受け入れる覚悟を手に入れた。自信を手に入れた。 合格発表当日。3人は現地に向かった。彼が言い出した。 「俺の最後の花舞台。それを見届けてほしい」 彼たっての希望であった。私たちは素直にそれに応じた。 飛行機に乗りあっという間に東京に着いた。電車を乗り継ぎ彼が受験した大学の門の前に来た。 「ここから先は俺一人で行ってくる」 そう言って中に入っていった。私と彼女はただ待った。頬に伝わるものを抑え、彼の帰りをじっと待った。周りでは胴上げされているものもいる。私は自分のことを思い返した。私は受験に打ち勝てなかった。殻を破ることは当時、出来なかった。そうして今彼が今まさにその殻を破ろうとしている。6年かけてやっと破ろうとしている。長い彼の旅路を案じ天に祈った。 待っている間がひどく長く感じた。その待ちぼうけが永遠に続くような気がして何度も何度も鳥肌が立つのを感じた。彼は試験が終わってただ空を見上げていた。終わった、出し尽くした、とぽつりぽつり言っていた。手を組みただ祈っていると、小さな涙がこぼれ始めた。前など見えなくなった。もうどうなってもいい、私などどうなってもいいから、ただ彼が、佐伯君が受かってほしいと神に祈った。全てを投げ打ってもそれで彼に春が来るのならば私はもう死んでも構わないと思った。 彼は一向に帰っては来なかった。三十分経っても姿を見ることが出来ず、私と彼女は心配になった。 「走ろう!」 どうなったのだ。もう、私はただ友の身を案じた。もし万が一彼の思う結果でなかったとしても私は精一杯に抱きしめてやろうと強く思い走った。決して平坦な道ではなかった。多くの人だかりが出来ていて容易に走り抜けることは出来なかった。その喧噪の中をそれでも私は涙を流して懸命に走った。 合格掲示板の前に着いた。涙を拭くのも忘れ私は佐伯君を探した。 人で沸きかえるその中に彼は一人うずくまっていた。 「佐伯君!」 私はすぐに彼の側まで走っていき抱きかかえた。彼は涙で嗚咽が止まらないでいた。 番号の書かれた受験票は涙でぐしゃぐしゃになっていた。 彼はうずくまった体を起こし、そしてゆっくりと、右手の人差し指を前に指さした。 そこには番号があった。 「ひぐっ、お、お、俺の番号・・・あったよ」 私はすぐに彼の持っていたぐしゃぐしゃになった受験票を手に取り番号を確認した。涙でにじんで薄くなっていたが、確かにそこに貼りだされていた番号が合致した。 「さ、さ、佐伯君!やった!ある!あるよ、番号!」 彼はおいおい泣いていた。私は強く抱きしめた。彼女も泣いていた。 3人はその場に座り込みただずっと泣き続けた。 春の風は心地よさを与え、そうして彼の長かった浪人物語を祝福するかのように、いつまでもいつまでも、ただゆっくりと吹き続けていた。近くにあった桜の木もこのときを待っていたかのように、咲いていた。 長々お疲れさまでした。読んでくださった方(いるの?)、感謝です^^ ここの記事の更新、半角10000字以内とかで、えらく分ける格好になりました。 中途半端で終わったりして、意外とその作業も大変でした(汗) 感想、どうでもいいですw おもろかった、つまらんかった、それだけで結構です。 最終話から読むのはよしてくださいね、ネタばれですから(爆) 自称占い師はこういうのも書けるというのを分かってくだされば・・。 本当はもっと暗い文が多いんですけど。 また何か書きます! 誤字・脱字はご愛嬌で・・。 では^^ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[小説] カテゴリの最新記事
|
|