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細木数子かわら版

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2008.08.22
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カテゴリ:小説
「あ~疲れた」
浮浪者はそう言うと陽の当たるベンチにどかりと腰を下ろした。輝く汗を拭きながら、何かを取り出した。そして、私は、見てはいけないものを見た。
「あ~そう、そう、はい、はい」
浮浪者は懐から携帯を取り出していた。どういうことだ。
「浮浪者が携帯を持っている・・」
「それは・・でも今の時代当然じゃないですか」
「でも君、浮浪者だよ。こういうと失礼かもしれないが浮浪者ということは帰る家さえない人をさすものだ。そんな人が携帯を持っているとなるとそれなりにお金はあるということだ。そうだろ、そう思わないか須川君」
須川は困った顔をした。そしてしばらくすると浮浪者が一人、また一人、と集まってきた。先程の電話は集合の合図だったらしい。気が付くと十人はいた。ベンチに座っていた最初の浮浪者の周りを囲むようにわいわいと騒いでいる。
「は、始まるんですよ、ほら」
満面の笑みを横に見た。須川だけでない、周りの人も何だかざわついている。そしてあの陽気な時間が始まる。
 ドンドンドン。太鼓の音が鳴る。辺りはすっかり陽も落ちて公園の街頭がじんわりと映している。
「浮浪者音頭~開演だよ~」
おおーと歓声が上がる。
「待ってたぞ!」
「楽しみにしてたんだぞ!」
周りにいた人々は口々に言う。僕も私も待っていた人々のヒーロー。
踊りが始まる。その踊りに見ている我々が慣れてきたせいか拍手をリズムに合わせて行えるようになり、歌詞も把握し始めていた。公園内外には百人近い人が集まってきた。ベンチに座っていた我々はいわば特等席。
「我らは浮浪者~今日もあてもない旅をする~」
ただ違和感。私は今ひとつそのメインイベントに近い盆踊りに集中出来ないでいた。先程の携帯がそうだった。この人たちは本当は浮浪者なんかではないのではないかという違和感があった。そう思えば容易いこともあった。そう思えないこともあった。皆が活気づく中一人蚊帳の外のような心境で神妙に見つめていた。黄色い空間がほのかに辺りを包み込み、黄色い声援を受けてヒーローも何だか得意顔、私は今にこの人たちの化けの皮が剥がれやしないかと不安に思った。こういう心境は初めてのことだった。
 三十分ほど皆が待ちこがれた舞台は続いた。日々の疲れを癒すかのように笑い声、奇声、罵声、様々な声が飛んでいた。ここに警察が来ればどうなる。警察も踊りだすか、あるいは素直に取り締まるか、ただこの力はそうは抑えられない。そうして人々の楽しみを奪うような存在は結集した人々の力によって今に跳ね返されることであろう。そうあってほしい、そうでなくては嘘だ。ヒーローが窮地たったとき、その周りが援護してあげなければヒーローは守れない。真の存在は皆で守らなければならぬ、せっかく手に入れた存在を手放したくはないでしょうから。
「明日は明日の風が吹く~浮浪者音頭~これにて終了~」
盆踊りが終わった。だが周りの人々はなかなか帰らない。アンコールとやらを待っている。
「もう少し踊ってくれ~」
「まだまだ見たいぞ~」
平和がいけないのである。平和に慣れ平和ボケした我らはそうして貴重な存在というものがあるいはいつでも手に入るとばかり思っている。そうしてこの浮浪者達が前のように無能で踊れなくなったら無欲で踊れなくなったらどうなる、たった一人の過ちがその何十倍もの人々を苦しめるという結末を知らないのだ。こうだから世の中はヒーローを待ち、ヒーローを容易に捨てる。この人たちは本当はヒーローでも何でもないのだから。
 今日の自分は幾分冷めていた。そうして冷めた目で見ていると何だか周りがいやにさわがしく感じた。冷めた目を向けても浮浪者達はやはり輝いてはいたが、本当のことが無性に知りたくなった。知ってはいけない存在、だが知っておくことも大事だ、アンコールなど起こるわけもない現状に残念がり帰る人たちを尻目に私はしばらくそこにいた。
「帰らないのですか」と須川。
「もう少しだけここにいます。君は帰ったほうがよろしい」
はあ、と少し首を傾げて須川は手を振り帰っていった。そして三十分ほど過ぎると元の公園の姿に戻っていた。浮浪者が数人、ベンチに座ってビールなんぞを飲んでいる。私は立ち上がりおもむろに近づいていった。暗闇でも分かるその独特のオーラに少しおどおどしながら、そうして到達したところで一言いってやろうと意気込んでいた。
「あなた達は何者ですか?」

 浮浪者が数人、正確にいえば三人、私のほうを見た。
「何者というと、どういうことかね」
「どうもこうもありません。何者かと聞いているんです」
「何者かと言われれば世間一般では浮浪者、ではないかね」
「本当にあなたがたは浮浪者ですか?」
その問いに三人は笑い出した。そして私が最も見覚えのある、この集団のリーダー的存在の者が立ち上がった。
「君、君は我々を浮浪者とは思わないかね」
「分かりません。それは今すぐには分かりません」
周りの者がまた笑い出した。だがそのリーダーは笑わず周りを制して、目を真面目に。
「そうだな。君も、あるいは浮浪者かもしれないからな」
ぞっとした。次の言葉が出てこなかった、極めて類い希なる図星、そんなところだった。ずけずけと質問する私に迷いがあった。それは若さから来るものか、浮浪者のほうがいくらか年をとっているらしく、質問は愚問として跳ね返されてもおかしくはなかった。愚問。そのときの自分はそうは思わなかった、思えばこのときからあるいは自分は少し精神が病んでいて、その病んでいる様も素直に見て取れたのかもしれない。愚問ではない、だが私には当時迷いがあった、この迷いを今をもってして迷いと呼べないほど成長したかと問われればそれもまた愚問である。
「君、ちょっと連いて来なさい」
戸惑う私にリーダーは手を仕向けた。
「いいかね、これが我々の仕事だ」
リヤカー。そこに積まれた沢山の空き缶。どうかすれば見たことのあるものだった。こうやって来る日も来る日も空き缶を漁っていた人を見ていた時期があった。蔑んだ目は若さから来るものであって今はそうは思わない。一歩間違えれば未来図はこうだからだ。ここに至るは危機的で、本当に世間からは浮浪者の目で見られる。その看板を背負って生きる人をどう思う。笑い事ではない、本当に人生どうなるか分からない、こういう覚悟もしておかなければならぬ。
「これを今日集めたのですか?」
「そうだ、あちこち歩き回って、歩くと言ってもこれには自転車がついているから多少楽なのだが、浮浪者とはこういうものだ」
まざまざと突きつけられる現実。おびただしいほどの量。大きな袋に目一杯入れられた空き缶には彼らの今日の努力があった。
「とにかく今日は帰りなさい。君にはちゃんと帰る家があるんだから」





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最終更新日  2008.08.23 00:35:32
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