カテゴリ:小説
家路に着くまでただもう言いようのない絶望感だけが漂っていた。あの量はなんだ。あれだけの、袋でいえば5つほどの、そのどれもが大きく感じ、それが彼らの今日の努力、たった一日であれだけの量を得ることが出来たという彼らの努力に私は絶望した。負けた、負けたのだ。努力の結晶はあまりにまぶしいもので、私を困窮させるに充分であった。帰ってまずい酒を飲み、虚無の世界とやらも今日は開かなかった。
次の日、公園を横切るルートを断った。悔しいのだ、そうして自分があの浮浪者にも負けているのかと思うと悔しくて到底今日を過ごせぬと思った。軽蔑の目は取れず、そんな自分にも言いようのない苦々しさがあった。夕焼けに光るニヒルこそ、本当のニヒル。おぼろげの中に今日も生きる、どうせ、どうせ、と生きる。自分の楽しみに入る、世界に入る、そんな簡単な習慣さえ悔しさの思い云々、そんな帰り道リーダーに会った。 「やあしばらく」 私は公園を遠ざけていた。もうどれくらいであろうか、とにかく立ち入らないようにしていた。 「こんばんは」 「最近あの公園に来ていないようだね」 下を向いた。 「なんだつれない顔をして。とにかく今日は踊るから、ただそれだけだから」 リヤカー付きの自転車に揺られ立ち去った後の腐臭がたまらなかった。存在が存在のままにしておかない悔しさがあった。私は家へ帰った。 一人の夕食。実に淋しさを感じた。いつもなら須川と公園で食べたりなどしていた食事も一人で食べるとやはりおいしくはなかった。時計の音が鳴る。少しして私はベランダに出てじっと考え事をしていた。そのとき異様な音が辺りから鳴った。まさか! 着の身着のまま家を出た。安心していた。いかに騒ごうと警察沙汰になることはないだろうという安心があったが、けたたましいサイレンによりそれはかき消された。家からそう遠くない公園につくと赤い日が一体を包んでいて盆踊りは火の海と化していた。 「一体どうしたんだ!」 「ああ、やっぱり来たんですね、最近顔を見せないから心配していましたよ」 「そんなことはどうでもいい、須川君、これは一体・・・」 パトカーが数台、公園の周りにはひどい人だかり。 「何かの間違いだ」 「ただ踊っていただけではないか」 「ああ神がまた消える」 「我々のヒーローをどうする気だ」 次々にそんな声が聞こえる。どうやらあの盆踊りもいよいよ警察沙汰になったらしい。ヒーロー達は騒いでいる。 「何でだ、ただ踊っていただけだろう!」 「そうだとも。何か迷惑でもかけたか!」 聞くに堪えない言葉であった。その中リーダーは一人何も言わなかった。その様子が直に感じ取れ、ただもう何かを観念したかのようにそっとしていた。真なり。あなたは、あなただけはやはり違った。あなたは本当は浮浪者なんかではなかったのでしょう、もっと素晴らしい英雄だったのでしょう、そうでしょう、そうであったと言ってください、その隠れた瞳に映る世界、随分色んな世界を見てきたんでしょう、私もあるいはその過程の一つの人間に見えたのでしょう。真なり。私はあなたを見て色々悩んだのです、本当にあなたがあなたとは見えなくなり、消え失せた現実だけが悲しく微笑むように感じて少しくらい絶望を感じて、けれどそんなことも単なる過程だったんでしょう、そしてそんな過程もまだまだいくらでも通過していくものなのでしょう、そうでしょう、そうだと言ってください、私にはそんなことも言えないかもしれないがならばせめてもう一度私の前にたって、浮浪者談義、なんでも構わない、何でも構わないから存分に言えばいいでしょう、嗚呼、悪いことをした、もっと見ておけば良かった、こんなことならやはり見ておけば良かった、安心はいけない、安心していくらでもまた見れると思いこんで自分の世界にもう一度暗でもともそうと思っていたのです、嗚呼、もう、帰らない、ヒーローは帰らない、私は少なからずあなたに光を見、あるいはそれが永遠かもしれないと悟っていたのです。それは嘘なんかではありませんでした、そのことをただ真実と思えないことに悔しさを覚え、あなたのほうがいくらでも格好が良いと思いこんでしまって、自分を素直にぶつけられなくなっていました、もう、いないのですか。 もう現れないのですか、そんなことはない、そんな容易いものではないでしょう、今にきっと、そうしてあなたの私の輝く正義のヒーローは現れる。そのときをしばし待つ、この姿勢も少しいけないかもしれないが今はしばしあなたの帰りを待つ妻の姿、そんなところで、いくらか安堵をえたか分からない悲しみの感謝の念云々、惜別に鳴くはカタカタとリヤカーの音。 そしてしばらくしてパトカーの中へと入っていった。神が消える、ヒーローが消える。その様子を周りの人はどう思ったろうか。 始まるものには終わりがある。そうして浮浪者はこの公園から姿を消した。 その後一度もあの人たちを見ていない。どうしているだろうかとたまに公園を覗くときもあった。揺れ動いた自分の感情も月を越えれば幾分和らいだ。そうして取り締まられたヒーローを慕う人も随分減った。須川もあれ以来見なくなった。皆一様にまた違うヒーローを自分の虚無の世界に作り上げる。現実、そんな存在が現れて意気揚々に鼓舞する姿を見せられてはさすがに期待もする。あのときと今とさして自分は変わりはしないがそうして少しずつ大人に進んでいくのだろうと思うともの悲しさは募る。ヒーローは去った、けれど浮浪者は消えない、今日もまた姿を見た。雨が降っていたというのにせっせと空き缶を拾っていた。その様子を遠目で見、ゆっくりと立ち去った。待っている。ゆっくりと現実が待っている。今に、今に、私が浮浪者になったならば、そのときは私が変わって踊ってしんぜよう。そのときまでしばしのお別れ。雨がしたたる川にアヒルの行進を見た。 「皆結局は浮浪者なり。どう生まれ変わってどんなに偉くなったところであのものにはかなわない。その現実を知らないで生きている人が多い、今に、今に、あなたも浮浪者の仲間入り。充分に注意するがいい、とくと注意して生きていくべし」 お疲れ様でした。 あんまし出来に納得してませんけどw では^^ 更新の活力です→→人気ブログランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[小説] カテゴリの最新記事
|
|