シューベルト『冬の旅』コンサート
今年の新年会は六本木アークヒルズにあるANAインターコンチネンタルホテル東京。新年会ではステージを設け、スクリーンも使って、かねてプロジェクト・チームが検討してきた「クレド(行動指針)」を発表します。その打ち合わせで、夕方アークヒルズに行きました。前日来体調が優れず、背中と腰に使い捨てカイロを貼り、薬でごまかしていました。この日も朝からトトロ・グッズに癒されながら、自宅トイレで暮らしていましたが、スケジュールがギュウ詰めなのでとにかく出社。やたら薬を飲み、栄養ドリンクとビタミン剤も飲んで、スケジュールをクリアして、夕方六本木へ出撃したのです。本当のことを言えば、打ち合わせを夕方に持ってきたのには理由があります。19時から、アークヒルズにあるサントリーホールで、読売交響楽団のコンサートがあったのです。コンサートの目玉は、シューベルトの歌曲集『冬の旅』。通常この楽曲はピアノ伴奏で謳いあげるのですが、今回は管弦楽演奏をバックに、ドイツのバリトン歌手・フローリアン・プライが歌います。滅多にない組み合わせなので、どうしても行きたかったのです!!(駄々っ子みたい)ということは、冒頭の長い文章は言い訳か?とお叱りを受けそうですが…。打ち合わせは、少々慌しく早口でしたがガッチリ完了しましたよ。打ち合わせをバタバタと終えて、開演ギリギリにホールに飛び込みました。ホールは若干空席があります。ああ、もったいない。こんなコンサートを見逃すなんて…。最初は、モーツアルトの交響曲第40番。「悲しみのシンフォニー」という名でよく知られた曲です。この当時、交響曲は華やかな雰囲気の曲が主流でした。ところが、40番はト短調。交響曲としてはふさわしくない短調、しかも「嘆き」「悲しみ」を表すト短調で作曲されたこの作品は、異色です。人気が高く、あまりにも有名で、CMなどにも良く使われている曲ですから、皆さんも良くご存知のはず。この曲を、オーストリアの指揮者・ワルター・グガバウアーを迎えて読響が演奏します。彼はウィーン少年合唱団の看板指揮者として活躍し、2000年からは、エアフルト歌劇場の音楽総監督として、モーツアルトの作品を多く手がけてきました。40番は第一楽章冒頭が命。よく「ため息をつくように」と形容されますが、ヴァイオリンによって、ひそやかに、そっと演奏が始められなくては台無しになります。さあ、どうだ? クリアしました。澄み切ったヴァイオリンの音色が私を引き込みます。包み込むような「悲しみ」の表現いっぱいに第1楽章が静かに終わります。一転、第2楽章は変ホ長調の、モーツアルトらしい多彩な音が溢れます。そして、第3・4楽章のト短調へとつながり、安らぎを与えます。ああ、いい演奏だ。休憩後は、『冬の旅』全曲の演奏です。歌曲王・シューベルトが、ドイツの詩人・ヴィルヘルム・ミュラーの詩に曲をつけた、名作中の名作で、シューベルトの代表作です。全24曲からなっており、「菩提樹」や「おやすみ」という曲は日本の音楽教科書にも日本語訳されて載っています。私も歌ったことがあります(いまはカスれた低音ですが、若い頃はバリトンだったのです)。「菩提樹」は近藤朔風の訳詩で、次のような歌詞です。聞いた記憶ありませんか? 泉に沿いて 繁る菩提樹 慕い行きては うまし夢見つ 幹には彫(え)りぬ ゆかし言葉 うれし悲しに 訪(と)いし そのかげ 訪いし そのかげ詩のテーマは、失恋した青年が冬の荒野をさすらい続ける中で味わう、絶望・孤独・諦めと憧れの思い。シューベルトがこの詩に共感したのは、その年敬愛するベートーヴェンが亡くなり、大きな打撃を受けていたからで、絶望に打ちひしがれながらも生きなければならない青年の姿を自分自身に重ねたためといわれています。もともと、伴奏はピアノだけ。それを管弦楽用に編曲するのは難しいとされていますが、ブラームスなどによって編曲されてきました。今回の編曲は、日本の作曲家・鈴木行一さんが1997年に完成させ、フローリアン・プライの父、ヘルマンが絶賛したというもの。大掛かりな管弦楽編成が、ピアノとバリトンの調和を崩すのではないか、大げさな演奏をするとバリトンの歌唱が埋もれるのではないか、気になっていました。演奏が始まって、編曲も演奏も、ピアノ伴奏のイメージに沿った、素晴らしいものでした。曲調が強まるいくつかの曲で、ときおりプライの声が聞き取れない部分もなくはなかったですが、抑制の効いたオーケストラとバリトンが、違和感なく混ざり合い、私を『冬の旅』の世界に誘ってくれました。この素晴らしい演奏に、4回、5回とカーテンコールが続きました。途中から、薬が切れたのか、体中の関節が痛みだしましたが、無事全曲聴くことができました。体調不良を押してでも聴きに行く価値のあるコンサートでした。