DJ Kennedy/life is damn groovy

私達みんなに幸せに生きることを教えてくれた、Dr. Sweets,友人トムのお話。




ダウンタウンのフレンチレストラントで、トムはその容貌に合わずとてもエレガントなお菓子を作るパティシェだ。普段は若白髪の交じった髪を整えもせず、分厚いメガネをかけてニヤッと笑うと思わず吹き出してしまうような愛嬌がある。物静かで大らかで運動神経が抜群で、彼の悪い噂を聞いたことがない。



彼は草野球のチームでプレイしていて、毎週日曜日の早朝には試合でセントラルパークに集まる為、欠かさず見に行っていた私も必ず彼に会えるのだった。ある時など、９回表、最後の攻撃で私達のチームが３点を追い、相手は地元の強敵ガススタンドのチームだったこともあってその日の勝利にはほぼ諦めがついていたのだが、それでも必死に応援していると、トムは下ばかり見ている。「何してるの？応援しようよ」すると彼はニヤニヤと笑って「まぁ、そうね」と軽く答えるだけ。その手元を見ると、芝生をむしっているのだ。何の為に？なんて尋ねたところで答えなど得られた試しがない。こういった時のトムは陽光のようなオーラを放ち完全に自分の世界（殻とも言う）に自らを隔離しているのだった。



私は応援し続け、トムは芝生をむしり続けた。ガススタンドにはノーヒット・ノーランを成し遂げたエースをはじめ２人、抑えの良いピッチャーがおり、寄せ集めでできたような私達のチームなど全く歯が立たなかった。そうしてアウトも２つ。今日のランチは反省会だな、と思いながら切ない気持ちでバッターボックスを見つめていると、どうも右側に視線を感じる。見ているのがトムなのは分かっているが「何かしら」という言葉が躊躇われて出てこない。何となくおそるおそる顔を彼に向けると。




　　　　　　　　　　　　　　　



トム、どうして。彼はさっきまでむしっていた芝生の長さを見事に均一にしており、それを両方の鼻の中に1ミリの隙間も残さずきれいに詰めて、その笑顔を私に見せつけているのだった。彼は少なくとも大学生の私よりも10は年上だ。この場合、これをしているのがトム以外の誰かであったなら、殆どの人が、少なくとも私の回りの人達は呆れた様子で黙ったまま顔を背けるだろう。が、どういう訳かトムがそんなことをしても、爽やかにすら見えてしまうのだ。そして私がおかしいやら情けないやら、そんな顔をしてみせるとトムは実に満足そうに笑って、まぁそれ切りだ。そしてこちらは、彼がしたこと自体よりも、自分がやり遂げたらそれで良し、みたいな彼の残す潔さに引き込まれて、結局最後にはおなかの底から笑ってしまうのだった。



私達のチームは勿論、試合をするまでもない程にそのまま負けて、毎週そうしているように、自分達の試合が終わると少し丘になった斜面に座って他の試合を観ながらしばらくおしゃべりをしていた。今も懐かしく思い出す、彼等は皆芝生に寝転がって、とても心地良い時間だった。



私は思い切ってトムに尋ねてみる。



「さっきのあれは、まさか芝生の香りを楽しもうとか、そんな理由ではなかったのよね？」

「あ、あああ、そう、なるほど、芝生の香りを楽しむ、か。素敵なことを言うね。じゃあ
　そうしようかな、僕は芝生の匂い嗅いで楽しんでたんだ。最高だったなぁ」



トムは、人を絶対に否定しない。自分の言うことを人に押し付けないし、誰のどんな話でもとことん聞く。けれど博学の彼には自分の話に自信も持っており、いつどのような話題を持ち出しても、必ずそのうちに彼を中心にして輪ができた。そして時に悲しい話などしても、決して過剰に人の心を揺さぶったりしなかった。さっきのようにおどけても、彼の魂は成熟していて、同性からも異性からも尊敬される人なのだった。あ、但しひとつだけ付け足しておくと、彼は恋には縁遠かった。私も実のところ、彼に対して恋愛感情を抱いたことは一度もない。




パークでの話はまだ続く。





Tomは昔、Discoをよく聴いていた。

(Click and enjoy the music!)