カテゴリ:思い出しながら
この一年ほど訃報ばっかり聞いているような気がする。ごく身近な人ならその日の内に連絡があってお通夜やお葬式に駆けつけるということになるのだろうが、普段から密なお付き合いでもない場合は気持ちの中では大切な人であってもなにかの折りに後で聞いて驚くというような場合も少なくない。ネットや新聞の報道を通じて知る場合もある。自分もそれなりの歳になって沢山の人に出会ってお付き合いも拡がったということなのだろう。
今朝も思い掛けない方から電話を受けた。いったいどうしたことだろうと思ったら、ある男が昨日死んだということだった。親子に近いほども歳が離れていたし共通の知り合いも少なくないので入院していて大分悪いというのは聞いていたから特別驚きはしなかった。 知的で気難しく見えた彼は親切で話も面白く、なかなか魅力的な人に思った。事実「魅力的で不思議な男だ」と友人から紹介されたのが最初だった。ところがつきあい始めると彼の言うことは何一つ実現せずだらしのないようなところもいろいろと見えてきたし、また彼の気まぐれに振り回されるようなこともあり、争わなければならないことも少しはあった。ぼくを紹介した友人以外の周りの人は誰も彼を信頼していないようで、理解に苦しむくらいにいい話を聞かない男だった。わざわざ親切にもぼくにあれがどういう男かということを忠告しに来てくれた人さえあった。信じられないような内容の話も聞かされた。しかし変人の彼だからあまり理解されないで悪く言われるのだろうとも思ったし、欠点も多い男ではあったが直接会って話している印象ではそこまで酷いとはどうしても信じられなかったのだ。 彼の希望で(それは自分にとってもおおいに楽しみなことではあったが)ある計画が持ち上がり彼のかわいがっていた青年と一緒に協力して実現して欲しいと言われた時にその青年に会ってみて、それが少しも深いところのないあさましいひとだったのでぼくはあれと一緒にはとても出来ないと言わざるを得なかった。もちろんこれは彼にとって面白くないものであったことは確かなことだが、金がどうとか言うような話では、ただ想いを込めて為したいと言う自分とは全く合わなかったのだ。青年を切り捨てるようなかたちになっただけに自分はひとりで背負わなければならないような立場になった。 自分は実際相当な時間と労力をこのことにつぎ込んだが、最後は彼のほうが自分を遠ざけるようなかたちで結局それは実現しないままに彼によって破棄された。最初から騙すつもりだったのかどうかは今となっては確かめることは出来なくなった。自分の半年ほどの労働はただ経験というだけの意味を残して全くの無駄になりそのことを残念には思ったが、むしろ最後に送り付けてきた無礼な手紙が決定的に自分を不快にしてそれ切りになった。 以前ひとからそうされたように今度は自分が紹介した人のところへ出掛けていってあれがどういう男かと言う話をしなければならなくなったのはいかにも間抜けでみじめなものだった。 生前彼を悪く言っていた人も死んだらさすがに気の毒だというが、自分は少しもそういう気にならなかった。嘘で固めた誠意のない生涯の最後はそれが自分自身が招いたものであるとはいえ憐れなものである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.08.12 02:10:24
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