カテゴリ:うつくしいもの
自分くらいの歳になればもう子供の頃の思い出も遥か昔のことのようでここに書き残しておくことにいくらかの意味があるという気がするのです。自分の生れ育ったのは京都の紫野というところで洛中といえば洛中、洛外といえば洛外ともいえるあたりでした。そして織物で有名な西陣がすぐ隣の地域であり自家のそばにも川島織物の大きな工場があったしまた個人の家でも織機の音がガチャガチャと聞こえるところもありました。 ここまで書いてみて以前にそういう織の家のことを書いたのを思いだし探してみたら「子供の憧れ」というのがほとんど同じ文章なのに驚きました。そしてこの続きに書こうとしたのは「過ぎた日のことごと」に書いた家のことで、そういうわけで改めて書くのは止しにしてリンクを付けてすませます。これは2年半の間にたいした成長はしていないということで困ったことです。 事のついでに話は大きくそれますが、最近ではこのブログももっぱらやきもののことを中心に書いているつもりで、もちろんそれが当初の目的であったはずでだからこれでいいのですが、このリンクを張った頃のものをいくつか読み返せば「お地蔵さん」とか「清明神社」とかなんだこれっていうようなものを書いてるのが自分でもかなり思い掛けなかったのです。興味を無くしたり全く忘れてしまった内容でも無いのですが陶工のブログとしてはこういうことをここに書くのは我ながらいささか奇異な感じがします。逆にこういうことを書かなくなったから日々の更新が途絶えがちなのだとも言えるのですが。 まあそれは置いておいて話を戻します。自家の数軒隣にいくつもの糸車を回して糸を紡いでいるおばあさんがいました。これは機織のようなたいした音がするわけではないのですが、たぶん電気か何かの動力で動いていたのではなかったかという気がします。その仕事場へは入った記憶もほとんど無く開いた玄関から見るとはなしに見た遥か昔のおぼろげな記憶しかないのですが、そこで回っていた糸取り車は竹か何かで出来た細くて白い繊細なものだったように思うのです。ところがそれから30年も経ったあるときそういう記憶の中にあるものとはまるで違う糸取り車をみつけました。それは黒く煤けたよほど存在感のある骨太なもので最初見たときはいったい何だろうと思ったのですが、ただ星のような大変シンボリックな姿に大変魅かれたのです。新潟県の上越地方で使われていたものだそうで、冬の厳しい地方故でしょうか囲炉裏の煙で真っ黒に煤けています。このようなものでこしらえた糸は西陣織のような華美なものではなくもっと普段使いの質素な着物に生れたのではないかという気がします。 西陣で生れ育った友人がしばらくぶりに来るのでひさしぶりにこの糸車を出してきてこの前まで丹波の流し釉の壺を置いていた箪笥の上に置いてみました。物作りの友人知人のところを訪ねると身近に自作のものを飾っている人もいますが自分にはそういう趣味は無く、何か眺めていたいものものをあれこれと折々に並べ替えながら楽しんでいるのです。自分のものはどんどん実用に使いながら眺めてはいるしまたしばしば分析的に見ることはありますが用を離れて観賞的に見ることはまず無いのです。こんなふうなことも以前に確か書いたことがある内容だから今日はこの辺で。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.09.24 11:56:33
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