カテゴリ:ちょっとショートストーリー
彼と出会ったのは夏の雨の日だった。
昼間でのじっとりと重たくて暑い空気が突然はじけたように夕立になった。 私は買ったばかりのワンピースをどうやってもかばいきれず雨の中を 必死になって近くのコンビニへと雨宿りするために走った。 なんとなく店内に入る気にもなれず、ぼんやりと明るい空から降る雨を 眺めていたら、なんだかこの先いいことが起こりそうな不思議な予感がしたのを 覚えている。 「あの、傘、使います?」少しだけ首と背骨を傾けて、まっすぐに見つめてきた その真っ黒で深い瞳を、私は一瞬で好きになった。 普通なら「いえいえ・・」と言ってあっという間に横を向いてしまう私の身体は、 なぜか彼を見つめたまま、「いいんですか?」と口走っていた。 「ええ。」ちょっとほっとした表情で微笑んだ彼は、そのまま白いシャツを なびかせて、駐車場の車に走っていった。小柄な彼の背中がなんだか少し かわいらしく見えた。 雨に濡れながら、小さなビニール傘を持ってきてくれた彼は「どうぞ」と また首と背骨を傾けながら私の瞳を覗き込む。 「どうやって返せば・・」と言う私の言葉をさえぎるように、「いいんですよ」 と彼は微笑んだ。 確かにこんなビニール傘。。と思ったが、私の口から出た言葉は、「そんなわけ にはいきません。必ず返します。電話番号か何か教えてもらえますか?」 とっさにしてもずうずうしいその言葉に、一瞬戸惑った彼だったが、その戸惑い はすぐに雨の中に消え、さっきの微笑みの口元から電話番号が私の耳に届いた。 慌てて、携帯に登録した私は、「ありがとうございます」と短く頭を下げて、 なぜか急いでいるフリで、彼の車と違う方に歩き始めた。 背中を不思議そうに見つめる彼の視線が痛いほど気になったけど、顔が赤く なっていることがばれそうで、振り向かなかった。 そして、しばらく歩いてから、やっと私は行くはずだったスーパーからすっかり 離れたところに来てしまった事と、彼の名前を聞いていないこと、そして 雨が止んでいることに気がついた。。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Aug 9, 2007 01:45:33 AM
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