ここのところ毎日、エッセイ集を読んでいます。ベストエッセイ集という本で、日本エッセイストクラブが前年いろいろな機関紙や雑誌などに発表されたエッセイの中から選んだものを文芸春秋が1983年から毎年発行しているものです。実にいろいろな人が書いていて、様々なエピソードがつづられています。多くは作家のエッセイが収められているのですが、中には主婦の方のエッセイも掲載されています。
このエッセイを読んで、私もなにかエッセイ風のものを書いてみたいなと思いました。題は私の好きな花を題材にして『思い出の花』にして見よう。これまでかかわった仕事のこととか、思ったことなど題材はいくらでもありそうですが、選ばれたエッセイの内容の共通点を探して見ると、身近な人や有名な人の思い出やエピソードをつづっているものが多くあることに気づきました。
エッセイはそれを読んでくださる人が、感動までは行かなくても共感するとか、へエーそうなのか、そうだったのかと感心してくれる内容でなければいけないようです。そういう点で、作家の方の人付き合いの幅の広さや、表現力が優れているので作家の方のエッセイが多く選ばれるのでしょう。(発表の機会もおおいこともありますね)
それで課題として「思い出の花」と設定して、さて私の思い出の花は何だろうと考えました。好きな花とか美しい花ならいくらでも出てきます。子供の頃、遊び場だった荒川土手で咲き誇っていたシロツメクサの花の香りや、4つ葉のクローバーを探した思い出、借地していたお庭のフジ棚にフジの花がたわわに垂れ下がり、蜜を求めてクマンバチがぶんぶん飛び回っていたこととか・・。
でもそれだけで花にまつわる人の思い出もエピソードもありません。さて困りました。無理に掲げるとすれば、初めて私が栽培した栽培バラのクローネンブルクでしょうか。とても古い品種で今では見かけることがなくなりましたが、表弁が深紅で裏弁が白い高芯剣弁のすばらしいバラでした。
栽培していたのは昭和30年代後半で、私が中学生のころか、高校に入学したころだと思います。その苗をどこで入手したのか思い出せません。当時、バラの栽培をしている人は少なく、苗も普通の園芸店では売っていませんでした。タキイ種苗の通信販売か、または当時とどろきバラ園というバラ苗屋さんが世田谷区にあって、そこに買いに行ったときに入手したものかもしれません。(とどろきバラ園はその後バラの世界で世界的に有名になった鈴木 省三さんが経営していたお店だということをかなり後で知りました)
このバラを鉢栽培で初めて咲かせたとき、花好きだった母がとても喜んでくれたことを思い出しました。喜ばれたのだからその場で切り花にして母に上げればよかったのですが、その当時はそんなことは思いもよらず、花が散るまで茎につけていた気がします。(この鈴木省三さんには数十年後、仕事の関係でお会いすることが出来、縁があったのかなと思いました。)
私が小さなころから花好きになったのは、この母の影響が大きかったようです。小学生のころ、理科の教科書に載っていた事柄で、お皿に脱脂綿を敷き詰めて水を入れ、その上に朝顔の種を乗せておくと水を吸って芽を出してくるのです。お皿の実験という名でした。それを母と一緒に試して見て、実際に芽が出てきたことを二人で喜びました。
借地の庭にホウセンカの種を蒔いて花を咲かせたときも誉められました。その実が出来るころ触るとはじけることを教わってびっくりするとともに握った手の中ではじける感触を楽しんでいました。
終戦後、暮らしていくだけで大変な時期に一生懸命育ててくれ、小学校の教科書に載っている花の絵を見て、きれいだねと一緒に花の名前を教えてくれたあの行動が、今の私に大きな影響を与えていたのだなとつくづく思います。好きな人が喜んでくれる、感心してくれる、それが子供の心を育てるのですね。
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