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テーマ:本日の1冊(3698)
カテゴリ:太平洋戦争
去年日本へ帰ったときに、最初の神風特攻隊に参加していたといわれる(実際は他の記録もあるらしいですが、そのことについては後日)関行雄大尉を奉ってある神社が、実家からそれほど遠くないので、行ってみました。なんでも神社の横には小さな神風特攻記念館もあるということで。 行ってみたら記念館は呼び鈴があって、どうやら宮司さんの家のすぐ横のようで、鳴らせば開けてくださるようです。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・いらっしゃらないようです。 母は神社のすぐ横の雑貨屋さんに尋ねにいったようです。 そこの小母さん、宮司さんはここの神社におられない時は、大抵もうひとつの神社におられますからといって、わざわざそこへ電話をしてくださいました。 しかし、残念、宮司さんはそこにもいらっしゃらないようです。 あ~あ、わざわざ来たのに残念。でも神社、記念碑、そこに奉納してあった爆弾などはみることができました。 関大尉に続いてその後もかなりの数の若者達が、その若い命を散らしたわけですが、この上のタイトルにあげた本に、隊員の遺書や手紙が紹介されています。 その中で、読んだときにボロ泣きしてしまったいくつかを、ここで紹介させてください。
大石伍長から妹の静江さんへあてた手紙。 なつかしい静ちゃん! おわかれの時がきました。兄ちゃんはいよいよ出撃します。この手紙がとどくころは、おきなわの海に散っています。 思いがけない父、母の死で、幼い静ちゃんを一人残していくのは、とてもかなしいのですが ゆるしてください。兄ちゃんの形見として、静ちゃんの名であづけていた郵便通帳とハンコ、これは静ちゃんが女学校へあがるときに使ってください。時計と軍刀も送ります。これは木下のおじさんにたのんで、売ってお金にかえなさい。兄ちゃんの形見などより、これからの静ちゃんの人生のほうが大事なのです。 もうプロペラがまわっています。さあ、出撃です。では兄ちゃんは征きます。 泣くなよ、静ちゃん。頑張れ!
書いているこっちが泣いちゃいます、これはツライ、ほんとうにツライ!!
もうひとつ、大平中隊長が、妻のフク子さんにあてた手紙からの抜粋。 ・・・・・・死んでも泣くな。絶対に泣くな。・・・(略)・・・・俺が死んでも、君の胸には俺の魂が永久にあるぞ。必ず苦しいときには何時でも手助けする。・・・(略)・・・・俺には君は過ぎた妻だった。もったいない位な妻だった。最後にあたり感謝する。
私は今の時代に生まれたのであの当時の人とは、考え方も受けた教育も躾も違いますが、軍人の妻としてみっともないだの、非国民だの、どういわれようと自分の愛する人が戦地にいくなんて、ましてや特攻なんて、私の祖母の表現を借りたら、 足に もせずりついてでも行かせない!! もせずりつく、とは しがみつく、という意味です。(多分私の故郷の方言だと思います) そんなことしたら、きっと愛する人の気持ちを鈍らせてしまうとはわかってながらも、そこまで、耐えられる神経は私にはないです、多分。 それとも、その人を愛してるからこそ、耐えて、自分をださずに我慢できるかもしれませんが・・・・それは実際あってみないと想像だけでは、分かりません。 ともかく、私は今の時代に生まれた人でよかったです~ あの戦争でなくなった方の御冥福を祈るとともに、もう二度と日本が前大戦のような悲しい目にあいませんように、平和が世界にひろがりますように。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.05.21 04:54:20
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