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カテゴリ:陰謀論批判
アルカイダによる9.11の同時テロ事件が起きてから、すでに6年以上が経過している。この事件がきっかけとなって、ブッシュ政権が 「反テロ戦争」 を旗印にし、アフガニスタンとイラクでの軍事行動を始めたことはむろん言うまでもない。 むろん、アメリカの場合でも、諜報機関などが陰謀を企んだことがないわけではない。しかし、かつてのチリやキューバのカストロ政権などに対する陰謀のように、外国でなんらかの事件を起こすことと、国内の、それもニューヨークのど真ん中、あるいは首都ワシントンで、飛行機突入だかビル爆破などという 「陰謀」 を企むこととは、これまた全然別の話である。 つまり、そのような 「陰謀論」 を真面目に主張するには、選挙という 「民主的手続き」 で選ばれた政権担当者やその周辺のグループが、一般の国民 = 民衆とはまったく異なった、爬虫類のように冷血であり、通常の人間には理解不能な心性を持ち、いっさいの秘密も漏らさぬほどに団結した、まさしく異星人のごとき特別な集団だとでも仮定することが、まず前提として必要なのである。 内田樹氏は、『私家版・ユダヤ文化論』 の中で、次のように書いている。 ある破滅的な事件が起きたときに、どこかに「悪の張本人」がいてすべてをコントロールしているのだと信じる人たちと、それを神が人間に下した懲罰ではないかと受け止める人たちは本質的に同類である。 彼らは、事象は完全にランダムに生起するのではなく、そこにはつねにある種の超越的な(常人には見ることのできない)理法が伏流していると信じたがっているからである(そして私たちの過半はそのタイプの人間である)。 だから、陰謀史観論は信仰を持つ者の落とし穴となる。神を信じることのできる人間だけが悪魔の存在を信じることができる。 たとえば、リンゴが落ちるのを見て、その原因は万有引力にあるとしたニュートンの思考は科学的だろう。しかし、今の私が 「不幸」 なのはなぜかという問いに対して、それは 「水子のたたり」 や 「前世のむくい」 のせいだ、などという答を出すのは、むろん科学的ではない。 マルセル・モースやレヴィ=ストロースの先輩格に当たる、レヴィ・ブリュルという人の 『未開社会の思惟』 という著書には、次のようなことが書いてある。 まず第一に、死はけっして自然事ではない。これはオーストラリア蛮族、南北アメリカ、アジアの文化度の低い諸部族間に共通な信仰である。 「ムガンダ族の頭には自然的原因による死というようなものはない。病も死もともに、ある精霊の作用の直接的結果である」 「この地方全体を苦しめている最大の災いは呪術の信仰である。アフリカ人は、死をいつも変死であると固く信じている。彼らは二週間前に健康であったものが、病にかかって死に掛けているときには、ある有力な呪者が干渉して病気にかからせ、魔法で生命を絶ちつつあるのだと想像せずにはいられない」
9.11事件のような前代未聞の事件の場合、公式報告に様々な矛盾や疑問がかりに存在したとしても、そのこと自体は、別に不思議でもなんでもない。なにしろ、事件そのものがきわめて異例であり、現場の破壊も検証が困難なほどにすさまじいのだから。そもそも、人間による限られた調査や分析では、間違いや矛盾など、どんな場合にもつきものというものだ。 日本では、そのへんのごく普通の交通事故ですら、しばしばおかしな報告書が作られる。だが、だからといって、そのような交通事故について、「警察の陰謀だ!」 などと大騒ぎする人はいないだろう。そんなものは、たいていの場合、捜査員の思い込みや怠慢、能力不足などのせいにすぎない。 どうも、「9.11陰謀説」 というのには、レヴィ・ブリュルが引用しているような、「未開の思考」 に近いものがあるようだ。人間は、いつでも単純な間違いをしうる存在である。当然ながら、世の中には、たんなる偶然にすぎないこともあるし、様々な偶然、故意、過失、無意識の行為等の重なりによって、誰も意図していない思いもかけぬ結果が生じることもある。 そういった可能性を考慮せず、ありとあらゆるところに、誰かの 「陰謀」 などといった 「架空の原因」 を見つけなければ納得できないというのは、まさにあらゆる 「死」 の理由に誰かの 「呪い」 を想定してしまうことと同様の 「未開の思考」 というべきだろう。 「9.11陰謀説」 に、なにか検討に値する問題があるとすれば、それは、そのような説そのものではなく、むしろ、なぜそのような陰謀説が、現代社会において一部の人間の心を強く捉えて離さないのか、ということのように思える。 つまり、それは肥大した強力な現代の 「国家」 や、その支配層と目されている人たちに対して、激しい疎外感や無力感を抱いている人たちが、アメリカにおいて少なからず存在しているということを表しているのだろう。しかし、そのような 「陰謀論」 は、ブッシュ支持者らが信奉している、世界中に広がる 「イスラム原理主義者」 によるテロの 「陰謀」 という論理とも、きわめて似通っているように見える。 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080125/1201204697 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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