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カテゴリ:国際

 一昨日、北朝鮮の観光地である金剛山で起きた韓国人女性の射殺事件に関連して、北朝鮮側は、「韓国政府の金剛山観光暫定中断措置については、『われわれに対する挑戦で耐えられない冒涜』とし『南側がきちんと謝罪し、再発防止対策を出すまで、南側観光客は受け入れない』と明らかにした。」 そうである。

 北朝鮮政府は、韓国側が要求した事件に関する共同での現場調査も拒否したそうだが、さすがに二代続きの 「偉大なる将軍様」 が率いる革命国家に相応しい、いつもながらの超強気な発言である。金剛山は南北朝鮮の軍事境界線に近いところでもあるが、射殺された女性はおそらく早朝に海岸を散歩しているうちに、知らず知らず立ち入り禁止区域に入り込んでしまったのだろう。

 これまたいつものことだが、事件についての北朝鮮の発表はきわめて不可解である。韓国政府が北朝鮮側から伝えられたとして発表した内容によれば、犠牲者である 「パクさんは観光客統制区域を越えて北朝鮮軍警戒地域に入り、哨兵が立ち止まることを要求したにもかかわらず逃走したという。そのため(北朝鮮側が)発砲した」 そうだ。

 観光を計画した事業者も、「パクさんは観光客統制区域に設置されたフェンスを乗り越えて1キロほど北朝鮮側に入った。そのため停止命令を複数回出したがこれに応じず逃走したことから、哨兵が発砲した」 (参照)という北朝鮮からの説明を伝えている。

 おそらく発砲した兵士にとってみれば、日頃上官から受けている命令どおりの行動を取ったにすぎないのだろう。たぶん、彼も金剛山に韓国人観光客が来訪していることぐらいは知っていただろうし、犠牲者である女性の服装から、そういう判断をした可能性もある。ただし、韓国人観光客が立ち入り禁止区域内に侵入した場合の対応まで、日頃から指示されていたかどうかまでは分からない。ただの推測にすぎないが、そのような場合の具体的な対応についてまでは、指示を受けていなかったということも考えられる。

 本音を探れば、北朝鮮側も事件の発生には頭を痛めているはずである。金剛山観光事業は南北対話路線の象徴であるし、これによる北朝鮮の外貨収入は年間10億ドル近いという話もあり、これは現在の北朝鮮にとってはけっして無視できない額のはずだ。南北関係が一気に緊張し、観光事業を含めた経済関係が途絶することも望んではいないだろう。また先月始まったばかりの、アメリカによる 「テロ支援国家」 指定解除の動きへの影響も懸念しているに違いない。

 いかなる国家においても、兵士とは命令と規則によって拘束された存在であり、そのとおりに行動することがつねに求められている。規則に従わなかった兵士が罰を受けるのは万国共通だが、そのような処罰は、独裁傾向の強い国家であればあるほど、一般に苛酷になる。北朝鮮のような国家であれば、わずかな違反でも銃殺刑に処せられる可能性もある。であれば、この場合、発砲した兵士を責めることはできないだろう。

 おそらく、発砲した瞬間の兵士の脳裏には、その結果がもたらす南北関係への影響などは少しも思い浮かばなかったに違いない。いや、そもそもかの国においては、国際関係についてのまともな教育など行われてはいないだろうし、そのような知識も一般国民の間にはきわめて乏しいだろうから、そのような配慮を兵士に求めることなどは、土台無理なことでもあろう。

 兵士と国民に対して、国家の命令に対する絶対的服従を常日頃から求めている 「革命国家」 の政府としては、命令どおりの行動を取った兵士はなにより賞賛すべきなのであり、いささかも非難するわけにはいかない。今回の兵士の行動について、政府がわずかでも遺憾の意を表したりすれば、一般の国民や兵士らの間に、国家の命令に唯々諾々と従うことへの疑念を呼び起こすことにもなりかねない。ましてや、かの国は 「偉大なる将軍様」 が率いる世界に冠たる革命国家なのである。そんな面目丸つぶれのようなことを、自国の国民の前でやるわけにはいかないのももっともである。

 かつて、ドイツが東西に分かれ、東ドイツ内のベルリンが頑強な壁で隔てられていた時代にも、壁をこえることは命がけのことだった。昨年、旧東ドイツの国家保安省が残した大量の文書の中から、西側に逃げようとするものは子供であっても 「止めるか殺す」 よう求める明確な命令を記載した文書が見つかったというニュースがあった。作成者は分かっていないが、「たとえ越境者が女性や子供を連れていたとしても、武器の使用をためらってはならない。反逆者がよく使ってきた手だ」 と記載されていたとのことである。

 ベルリンの壁での最後の犠牲者は、当時20歳だったクリス・グェフロイという青年だったそうだ。この事件が起きたのは1989年2月6日のことだが、ゴルバチョフの 「ペレストロイカ」 を受けて、東ドイツ国内での民主化運動も一気に加速した。9月には同じ東側であったハンガリーによるオーストリアとの国境開放を受けて、大量の市民が西側へ流出する騒ぎとなり、11月には東ドイツ政府による国境開放が発表され、翌年にはついにドイツ統一が実現した。

 むろん、今回の事件はこのような例とはまったく異なっている。そもそも日本による植民地支配から、ソビエトによる占領と現在の 「社会主義」 国家成立へと、民主主義というものを一度も経験したことのない北朝鮮のような国家では、国家に対する公然たる抗議の運動が近い将来に生じる可能性はきわめて低いと言わざるを得ない。しかし、融通の利かぬ 「独裁政治」 というもののジレンマに悩まされているのは、いまやかの国の 「将軍様」 自身のようにも思える。






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Last updated  2008.07.13 15:35:37
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