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カテゴリ:政治

 前航空幕僚長の田母神俊雄氏が、アパ・グループの 『真の近現代史観』 なる懸賞論文(審査委員長はかの渡部昇一先生)に応募して、「最優秀藤誠志」 賞(賞金300万円、副賞が全国アパホテル巡りご招待券なのだそうだ)を受賞した件は、すでにあちこちで評判になっている。

 もっとも 『日本は侵略国家であったのか』 なるこの 「論文」 のおかげで、田母神氏は航空幕僚長を解任され、その結果、定年に引っかかって退職するはめになってしまった。そのうえ、浜田防衛大臣からは退職金6000万円の 「自主返納」 を求められているそうで、そうなっては、アパからもらった300万円の賞金と全国のアパホテル巡りだけでは、割りが合うまい。

 報道によれば、懸賞に応募した235人のうち94人が自衛官であり、しかも田母神氏が10年前に司令を務めていた、小松基地(石川県)の第6航空団からの応募が突出して多い(参照)

 同航空団ではアパの募集要領を見て、幹部教育の一環として幹部に提出を求めた課題論文のテーマを、アパの懸賞の課題と同じにしたのだそうだ。隊内で提出された論文のうち62本が懸賞にもそのまま応募論文として提出された結果、同航空団からの応募がとくに多くなったということらしい。

 しかし、アパグループの元谷外志雄代表は石川の出身で、「小松基地金沢友の会」 なる組織の会長を務めており、しかも田母神氏の10年来の友人なのだそうだ。これでは今回の懸賞と授賞そのものが、アパと田母神氏、それに小松基地によるできレースと疑われてもしかたがあるまい。

 だがそれにしても、この田母神 「論文」 なるもの、内容はずいぶんとお粗末である。日米開戦をはじめとして、戦前の事件はあれもこれも 「コミンテルン」 の陰謀ということになっている。しかし、それほどまでにコミンテルンが有能だったのなら、なぜスターリンはヒトラーの電撃戦の前に敗走を重ね、レニングラードとモスクワ、さらにはスターリングラードにまで迫られ、包囲されるという憂き目にあったのだろうか。さっぱり理解できない。

 たとえば、田母神氏は 「論文」 の中で、「しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない」 と言っている。これは、まるで、世界のすべての抑圧された人民大衆に決起を呼びかけるかのような、ずいぶんと過激な発言である。

 なんだか、「万物は争いより生じる」 といった古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトス(もっともこの場合の 「争い」 とは、実際の争いというよりも、対立や矛盾一般を意味するという説もあるようだが)や、「持続的な平和でさえも諸国民を腐敗させるであろう」 とか 「国民の自由は死ぬことを怖れたために滅びたのである」(法哲学)といったヘーゲルを連想させるが、田母神氏は、きっとどこかで聞きかじった言い回しを意味をよく考えもせずに使っただけなのだろう。

 さらに、田母神氏は 「日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な基地を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返ってこない。ロシアとの関係でも北方四島は60年以上不法に占拠されたままである。竹島も韓国の実効支配が続いている」 と言っている。

 先の言葉とあわせると、これではまるで、アメリカから基地を返して貰いたければ、もう一度アメリカと戦う覚悟をしろと言っているように聞こえる。この 「論文」 は英訳されて広く世界に発信されるそうだが、そんなことをして本当に大丈夫なのだろうか。

 ところが、今度は 「但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のようなものであることが望ましい。子供がいつまでも親に頼りきっているような関係は改善の必要があると思っている」 とくる。田母神氏は、日本の 「自立」 を主張しているようだが、であればなによりも、現状の 「対米従属」 から脱却することこそが、一番の課題ではないのだろうか。

 田母神氏によれば、「日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない」 のだそうだ。だが、その 「古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国」 である日本が、わずか200年ちょっとの歴史しか持たないアメリカを 「親」 として、「良好な親子関係」 とやらを結ばなければならないというのだから、これは笑止としか言いようがない。

 そんなことでは、田母神氏によれば、欧米列強という 「白人国家の支配」 からの 「アジア解放」 と 「人種平等の世界」 実現のために戦ったという、靖国の 「英霊」 も泣くというものではないだろうか。ようするに、この人は、そもそも自分がなにを言っているのかすら分かっていないのだろう。

 矛盾はそれだけではない。論文の頭のほうでは 「もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない」 といいながら、結論は 「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」 となっている。

 「日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない」 ということは、少なくとも日本が 「侵略国家」であることを認めたことになる。だとすれば、これはどう考えても、「日本が侵略国家とは濡れ衣だ」 という結論とは両立しない。どうやら、この人は、初歩的な論理すら操れないようだ。

 自衛隊はいうまでもなく、大砲や戦車、ミサイル、航空機などを装備した 「軍隊」 である。そういう武装した組織のトップが、あまりに切れ者であるというのもいささか怖い気がするが、こうも愚かな人間だというのも、これはこれで問題だろう。

 トップの人間には全体を統括し管理する責任がある。とりわけ、軍のような武装組織では、現場が武器を保持しているだけに、その責任はきわめて大きい。そのトップがこれではちと心配になる。どの組織でも、トップが愚かであれば、実権はより下の中堅層に移り、しばしば下部による勝手な独走を許すことになる。それは、かつての旧陸軍でも見られたことではないだろうか。

 戦前の話だが、かつて 「皇道派」 と称された 「天皇親政」 と 「昭和維新」 を主張する陸軍の上層部は、大川周明や北一輝らの民間右翼と手を結んで、「国体明徴化運動」 を唱導し、美濃部達吉の天皇機関説を排撃するなど、多くの学者を大学から追放した。その結果、軍内部に種々の超国家主義思想が流入し、青年将校らによる様々な暗殺やクーデターなどの事件が頻発することとなった。

 彼ら 「皇道派」 は2.26事件をきっかけに、東条ら 「統制派」 との抗争に破れて、軍の一線からは退くことになる。しかし、政党政治の崩壊と軍国主義、そして戦争への道を掃き清めたのは、まさに彼らのように馬鹿げたイデオロギーを振り回すばかりで、自分がなにを言いなにをやっているのかも理解できていない、愚かな連中なのであった。

 田母神氏をはじめとする一部の自衛隊幹部と、渡部昇一やアパグループとの関係には、なにやら、そういうかつての軍部と民間右翼の連携を思わせるものがある。もっとも、今回の場合には、どちらも戦前の軍人や右翼思想家に比べればはるかに小物であり、まさにマルクス言うところの、繰り返された二度目の 「喜劇」 というべきではあろうが。

 結論を言えば、どう見ても、これはとうてい 「論文」 などという代物ではない。せいぜい、高校生の夏休みのレポート程度のものである。それで賞金300万円とは、平均的な日本人の年間所得の半分以上にはなるだろうから、なかなかいい商売である。もっとも、6000万円の退職金を取り上げられては収支が合うまいが。

 ちなみに、田母神という姓、なかなか珍しいのでちょっと調べてみたら、福島県郡山市に田村町田母神というところがあるのを見つけた。郵便番号は963-1243で、田母神小学校というのもある。田母神氏は、ひょっとしてここの出身なのだろうか。むろん、彼自身がということではなく、数代前のご先祖さんが、という可能性もあるが。


追記(11/14): 田母神氏の「歴史認識」があやしげな「著作」のあやふやな「証言」に基づいた妄言にすぎないことは、 下のようなサイトを参照すれば十分に明らかです。

盧溝橋事件 中国共産党陰謀説

「日本は侵略国家であったのか」を読む

また、保守的な立場にある秦郁彦氏ですら、この「論文」の低レベルぶりには呆れています。要するに話になりません。「愛国者」を気取る方々が、本当に国を憂えるというのであれば、とんでもな情報に踊らされるような愚かな人がこの国の「国防」のトップにいたという事実をこそ、まず憂えるべきでしょう。

「マンガ的な低レベルのやりとりで不快でした。肝心の国防について、『これでは国を守れないから困る』といった注文が出ているわけでもない。戦争を巡るコ ミンテルン陰謀説は、徳川埋蔵金があるとかないとかいったレベルの話です。懸賞論文で最優秀賞を取ったのが不思議でならない。『村山談話』への挑戦とも言われているが、論文には『む』の字もない。本人は『そんな談話あったかな』といった程度の認識でしかないのでしょう」

現代史家・秦さん「低レベルで不快」





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Last updated  2008.11.14 16:45:10
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