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カテゴリ:政治

 報道によれば、田母神前空幕長は自衛隊内部に向けた 『鵬友』 という冊子の中で、「身内の恥は隠すものという意識を持たないと、自衛隊の弱体化が加速することもまた事実ではないか。反日的日本人の思うつぼである」 と書いていたそうだ。

 これはまた、ずいぶんと呆れた話である。「反日的日本人」 とは、いったいどういう意味なのだろう。言うまでもなく、日本という国はすべての国民によって構成されているのであり、国民の外部に 「日本」 なる国があるわけではない。彼はいったいいかなる根拠に基づき、またいかなる権利によって、国民の一部に対して 「反日的」 などという愚劣な言葉を用い、レッテルを貼っているのだろうか。

 この言葉の意味は、明らかに戦前に頻繁に使われた 「非国民」 という言葉と同じである。憲法に従えば、自衛隊もまた 「国家機関」 のひとつとして、国民全体に責任を負う機関である。いかなる政治信条を有していようとも、すべての国民は、それぞれが国家を構成する国民の一部なのであり、国民の一部をその政治信条などによって、国家を構成する国民から勝手に排除するような権利など、誰も持ってはいない。

 憲法で保証されている思想や信条の自由、思想や信条による差別の禁止とは、そういう意味である。自衛隊のトップが自己の個人的な信条と異なるからといって、一部の国民を恣意的に敵視するような発言をしていたことは、それだけで立派に 「懲戒処分」 に相当すると言っていいだろう。

 自衛隊は、言うまでもなくこの国において最大かつ最強の武装組織である。したがって、そのような武装組織には、厳正な政治的中立が要請されなければならない。ところが、田母神氏は渡部昇一やアパグループのような、イデオロギー的にきわめて偏向した特殊なグループと交際していたのであり、これはそれだけで重大な問題である。武装組織の幹部がこのように公然とイデオロギー化し、「政治化」 していることこそが、今回の一連の騒動における最大の問題と言うべきだ。

 60年安保のときに、岸首相からデモ対策としての治安出動を要請されたさい、ときの赤城宗徳防衛庁長官(安倍内閣で自殺した松岡農水相の後任を務めた赤城徳彦議員の祖父)は、自衛隊を出動させれば益々デモはエスカレートするとして、その要請を拒否したという。そこには、少なくとも国民の目に対する意識というものがあった。今の田母神氏を始めとする一部の自衛隊幹部に欠けているのは、まさにそのような意識であり自覚だろう。

 田母神氏の先輩に当たる佐藤守という自称 「軍事評論家」 は、そのブログで同氏の言動について、「憲法解釈の制約などで十分な活動が出来ない自衛隊の現状に一石を投じる狙い」で行った、彼独自の「無血クーデター」ではなかったのか と書き、「昔だったら226だ!」 などという隊員OBの 「意気盛んな」 意見を紹介している(参照)。しかし、そこには国民との関係、国民に対する責任という意識が完全に欠落している。まったくあきれ果てたものだ。

 自衛隊の前身である警察予備隊が創設されたのは、朝鮮戦争が勃発した直後のことであり、当初は旧軍の関係者がその多くを占めていた。その中には、かつての旧軍の轍を踏んではならないということを肝に銘じていた人もいたはずである。

 だが、一般に 「過去」 というものは、そのリアルな記憶が忘れられるほど、美化されるものだ。年をとると皆口々に 「昔はよかった」 と言いたがるのはそのせいだが、今の彼らは、まさにそのような 「老人性健忘症」 に掛かっているように思える。

 自衛官の教育に関して、防衛省側からは 「歴史教育をしっかりやりたい」 という発言があり、これに対して、自民党の国防関係合同部会では、「政治将校をつくるのか」「憲法違反の恐れがある」 などという批判が出たそうだが(参照)、これまた頓珍漢な話である。政治将校(コミッサール)というのは、ロシア革命でトロツキーが赤軍を創設したさいに、革命政府への忠誠心が疑わしい帝政時代の将校を監視するために置いた役職のことだ。

 したがって、それは本来 「シビリアンコントロール」 と対立するものではない。通常の軍隊にそのような役職がないのは、たんに通常の国家においては、その必要がないからにすぎない。しかし、こうまでも、政府と憲法に対する一部の自衛隊幹部の忠誠心が怪しくなってきては、それもやむを得ないというものだろう。そもそも、自衛隊内において歴史的事実を無視したきわめてイデオロギッシュな 「政治教育」 をやっていたのは、ほかならぬ田母神氏らではないか。

 産経新聞の花岡信昭のような自称 「愛国者」 の中には、この田母神 「論文」 を擁護している者もいるようだ。しかし、その政治的立場の如何にかかわらず、この 「論文」 を評価している学者や研究者は一人もいない。彼が依拠しているのは、渡部昇一やユン・チアン、それに櫻井よしこなど、とうてい学術的な検証に耐えない、非専門家によるあやふやな 「資料」 ばかりである。

 スターリンが毛沢東率いる中国共産党の力をまったく信用していなかったのは、有名な話である。彼は、毛が装備においても兵力においても格段の差があった蒋介石に勝つとは、最後まで考えていなかった。だからこそ、旧満州を占領したさい、赤軍は満州内の工場施設など一切合財を自国へ強奪していったのであり、そのことが後の 「中ソ対立」 の伏線にもなっている。そのようなことを考えれば、ソビエトが指導するコミンテルンが、中国共産党の勝利のために様々な陰謀を画策したなどという話は、まったくありえない馬鹿話である。

 空自のトップが、このような現代史の常識もわきまえずに、馬鹿げたガセ情報に踊らされるような愚か者であることを見て、腹の中でいちばん嘲笑っているのは、おそらくは 「愛国者」 諸氏が日頃から蛇蝎の如くに嫌っている中国や朝鮮・韓国の識者や指導者たちだろう。世の中には 「情報戦」 などという言葉を得意げに振り回している連中がいるが、そのために必要なのは、なによりもまず情報の真偽を確かめ、誤った情報に踊らされないという能力のはずである。

 アメリカもまた、自衛隊の幹部がこのような愚かな人間であることを見て、口には出さずとも、おそらく腹の中では 「自衛隊なんてしょせんこんなレベルだ」、「日本の自立なんてただの夢物語さ」 などと笑っていることだろう。マッカーサーは帰国後の米国議会で、日本人を指して12歳の子供と言ったそうだが、「国辱」 とはこういうときにこそ使うべき言葉である。

 それにしても、そのトップが 「ルーズベルト陰謀論」 などという馬鹿げたお話の信奉者であることが暴露されて、いちばん迷惑しているのは、日常的に米軍に協力し、米軍と協同している彼の部下や同僚たちではないだろうか。まったくもって、愚かな上司を持つと部下が迷惑するという典型的な例である。






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Last updated  2008.11.17 01:54:49
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