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カテゴリ:政治
「すさまじい」 とは、現代語では 「ものすごい」 とか 「恐怖を感じさせるほどである」 といった意味だが、古語では 「興ざめだ」 とか 「殺風景」、「寒々している」 といった意味で使われる。下に引くのは、『枕草子』 の第二十三段 「すさまじきもの」 の冒頭部分。
口語訳は省くが、このほかにも 「除目(ぢもく)に官得ぬ人の家」 などというくだりがあって、これなどは現代でも、内閣の組閣や改造のときに、入閣の知らせをまだかまだかと待っていながら、とうとう連絡をもらえなかった残念な議員さんなどにあてはまりそう。 さて、報道によれば、小沢一郎民主党幹事長の政治資金をめぐる問題で、同氏の元秘書であった石川知裕議員をはじめ、昨年の西松建設献金事件で公判中の公設秘書、さらに石川議員の後任であったという元私設秘書の三名が、東京地検によって逮捕されたという。 小沢一郎は、いうまでもなくかの角栄の秘蔵っ子である。「陸山会」 なる彼の後援会の名称も、むろん 「越山会」 という角栄氏の後援会の名前にならったものだろう。とすれば、彼が角栄氏から、政治資金の調達方法や錬金術の指南を受けたことは十分に考えられる。 その点で、小沢氏に金銭面でダーティなイメージがつねにつきまとうのはしかたあるまい。実際、氏が金銭的にまったくクリーンな人だと考えている者は、おそらく一人もいないだろう。 とはいえ、現時点での石川議員の逮捕容疑は、「政治資金収支報告書」 への記入漏れによる政治資金規正法違反という、ほとんど形式的な容疑にすぎない。東京地検は、その裏に企業からの不正献金による資金調達とその隠蔽という構図を描いていると思われるが、少なくとも現時点での逮捕容疑は、どう見てもたんなる形式犯にすぎない。 このようなやりかたは、警察や検察がある事件で狙った容疑者を、通常なら逮捕を要しないような軽微な容疑で逮捕し身柄を確保したうえで、本当の狙いである別の事件について取り調べるという、いわゆる 「別件逮捕」 に限りなく近いように思われる。 「別件逮捕」 の違法性・合法性という議論については省くが、伝えられているように、もしも、検察が不正献金事件という構図を描いているのなら、その件についての捜査を進め、証言や証拠を集めて容疑が固まった時点で容疑者として逮捕するというのが、少なくとも筋の通った捜査方法であろう。 日本国憲法には、「両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない」(第50条)という規定がある。いわゆる議員の不逮捕特権というものだ。 たとえ、議員に不逮捕特権があったとしても、容疑に十分な裏づけがあり、また逮捕に法で定められた正当性と必要性があるのなら、議会に対して逮捕許諾請求を行い、その決議を受けて逮捕することが可能なはずだ。 実際、ロッキード事件での田中角栄をはじめ、近年では鈴木宗男議員の逮捕なども、会期中の逮捕許諾請求をへて行なわれている。したがって、これはきわめて異例な事態と言わざるを得ない。 議会の決議には、当然多数の賛成が必要ではある。しかし、十分な裏づけがあるにもかかわらず、多数党がその力で強引に許諾請求を否決したなら、それは当然に世論の批判にさらされるだろう。だから、たとえ多数党の有力議員であっても、請求が否決されることはそうそうあるものではない(参照)。 そもそも、会期中であろうとなかろうと、選挙で選ばれた国会議員が民意の代表者であることにかわりはない。だとすれば、法的にはともかく、検察は議員の逮捕については抑制的でなければならない。別件逮捕に近い軽微な容疑での議員逮捕が安易に認められるならば、それは国家の一機関にすぎない検察を、民意の上に置くことにほかならない。 健全なる民主主義を育てるのは、国民とその世論の役割なのであって、一国家機関が国民を代弁して行なうべきことではない。むろん、捜査機関の主観的な 「誠意」 まで疑おうとは思わない。しかし、東京地検特捜部といえども 「正義の味方」 などでは断じてないし(そもそも、そんなものはこの世には存在しない)、政治や政争とまったく無関係な超越的存在というわけでもないだろう。 どんな組織やシステムにも、それ自体の固有の利害というものがある。司法行政をめぐっては、ちょうど取調べの可視化などの議論も起きていることころだ。まして、組織を構成しているのは、地縁、血縁、学閥、閨閥などなど、様々な俗世のしがらみに縛られた具体的な人間である。 だからこそ、政治がらみの事件捜査では、中立公正さがとくに強く要求される。当然ながら、その中立公正さには、法によって強い権限を与えられた捜査機関が自己の固有の利害で動いてはならないということも含まれる。 どのような制度的保証があろうと、捜査機関の中立公正さとは、社会的に要請されることであり、少なくとも捜査機関自身が自らを律し、適正な手続きに従うことで守られるものであって、先験的に保証されているわけではない。もちろん当人らが 「わたしたちは中立公正です」 といえば、それがそのままとおるという話でもない。 国会開会までずいぶんと間があり、それまで待っていられないというのならともかく、開会直前の現職国会議員逮捕という東京地検の今回のやり方は、その点において、憲法と国会法の条文に反してこそいないものの、その精神には激しくもとるもののように思われる。 故事に 「瓜田に靴をいれず、李下に冠を正さず」 という言葉もあるが、このようなやり方をしているようでは、その政治的意図や背景を推測されてもしかたあるまい。なんとも 「すさまじき」 話としかいいようがない。最後につけくわえておくが、これは、民主党を支持するかしないかとか、小沢氏を支持するかしないかといったレベルの問題なのではない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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