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小春日和の朝

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2013.07.16
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カテゴリ:短編小説

 仙次郎は30歳を少し超えたばかりの飾り職人で柳が植えられた表通りから少し入った

四軒長屋の一番東の二間しかない住まいに一人で寝起きをしていた。玄関先には大きな

栴檀の木があった。

夏になると、栴檀の木には熊蝉がたくさんやって来て、その鳴き声は五月蝿さを遥かに通

り過ぎていた。一人暮らしの寂しい仙次郎は街中のあちこちの店に出かけては深酒をし、

大声で誰彼とかまわず喋りまくり、夏には「熊蝉よりも五月蝿い酒飲み仙次郎」と街中に噂

が立つようになった。もちろん、長屋の住人たちは、噂が立つ前から仙次郎の五月蝿さを

よく知っていた。27歳のとき、二つ隣の町からお冬というやや小太りの可愛いらしい娘を嫁に

とったが仙次郎があまりにも喋り過ぎるので嫌気をさして家を出て行った。

嫁がいなくなった仙次郎は仕事を終えて帰り一杯やると長屋を一軒一軒訪ねては部屋に上が

ってしようもないことを一方的に喋るので住人たちからはあまり好かれていなかった。

長屋の住人たちはそんな仙次郎に「あいつは人は良いんだけど熊蝉よりほんとに

五月蝿いねぇ」、「家の前に熊蝉が好きな栴檀の木があるってぇのは皮肉なもんだ」と

か、笑いものにされていた。

 この話を聞いた一匹の熊蝉が大将に「人間に我々集団の鳴き声より五月蝿い仙次郎と

いう奴がいるそうで、熊蝉も仙次郎には敵わないと言われております」と申し上げた。

その話を聞いた熊蝉の大将は「そうか、我々が負けていると言われては黙っちゃいられ

めぇ、おい、神社の境内の木に止まっている仲間にもこちらに来るように言っておくれ」

ということになった。

 その日の夕方、仙次郎の家の前の栴檀の木は幹の隙間を見ることができないほど街中

の熊蝉たちが結集、夥しい数となりぞっとするような光景となった。

結集した熊蝉の鳴き声はそれはそれは凄いもので、長屋の住人たちは「何でこんな

に熊蝉が集まったのか、どうにかならない
ものかねぇ」と困り果ててしまった。

あまりの五月蝿さに「こりゃ仙次郎の上手を行くね、仙次郎に熊蝉より五月蝿いと言えなく

なってしまったなあ」と長屋の住人たちの誰でもが思い、それから仙次郎は「熊蝉より五月

蝿い酒飲み仙次郎」と言われなくなった。

 その話を聞いた熊蝉の大将は結集することを止めることにした。

長屋は以前の熊蝉のうるささに戻ったが、酒飲み仙次郎は相変わらずあちこちの店で飲ん

だくれて、そして喋りのほうはさらに磨きがかかり収まる気配はなかった。

 







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最終更新日  2015.07.26 06:42:05
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