カテゴリ:ショートストーリー
実家に帰るたび、どうしようかとため息をつくことがある。
32年前に我が家へやってきたアップライトのピアノのことだ。 もう何年も調律もしていないので 音階もあやしい。 キーを叩いても、でない音もある。 すっかり 居間のもの置き場と化しており、パピヨンオス5歳 「げんちゃん」のサークルの屋根となっており、元気すぎる ヤツがジャンプすると ゴッツンと頭をぶつける音が時折響く。 「処分するべきか・・・」 10年くらいピアノのレッスンに通っていた。 楽器と出会ったのは 最初、ヤマハ音楽教室だった。 エレクトーン、カスタネット、リコーダーそして教室の中央に おいてあったグランドピアノ。 小さかった子供には 馬鹿でかく感じた。 おそらく、ではあるが 母が「ピアノ習いたい?」と 聞いたのだろう。その当時は クラスの1/3ぐらいの女の子が ピアノを習っていた。お稽古事のスタンダードだったんだろうな。 個人レッスンになって、わかったことであるが私には才能がなかった。 まず。躓いてしまう箇所を 何回か練習すると弾けるようになると いうことが理解できなかった。 レッスンのある曜日を中心に1週間がまわる。 あっという間なんである。 練習しないので 上達しない。しかもそれを焦りもしない。 向上心ってものが なかったんだな。 ただただ、エキセントリックなピアノの先生が怖かった。 リズムをとるために、私の背中を叩いたり、間違うと 「ほらっ、また、そこ!」と いうカナキリ声が何よりも嫌だった。 もしかしたら、もう少し 年齢が上になってからレッスンを始める べきだったのかもしれない。もっと音楽の楽しさや自分の好みが わかり、物事の仕組みを理解してからのほうが、 ピアノと上手に向き合えたかもしれない。 誰も弾かなくなったピアノを「えいやっ!」と処分できないのは 7回の引っ越しを私たち家族とともに 乗り越えたこの楽器は ずっと私の成長を見守ってくれたものだからである。 気持ちが昂ぶったり、悲しかったり、嬉しかった日々、感情を ピアノを弾くことで解消した時もある。 そして 家族みなが一緒に暮らし、もしかすると一番幸せだった頃を 知っていてくれてるような気がするからだろうか。 楽器の音はいつでも心を癒してくれる。 まだ、決めなくてもいいかな。 やはり私は優柔不断なのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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