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テーマ:エッセイ(97)
カテゴリ:過去のエッセイ
「遥かなる道草」(46歳)
長男は道草が大好きだった。小学校に入るまで一人で歩く体験がなかったせいか、未知の道を行く冒険心が俄然ふくれ上がったらしい。 小学校まではゆっくり歩いても20分。交通量の多い道路もあり、通学路は決められていた。もちろん、道草はせずにまっすぐ帰るように指導されていた。 それなのに、彼がちゃんと帰宅したのは最初の2~3日だけで、日に日に帰宅時間が遅くなる。何しろ最初の子どもだし、それまで保育園に預けていて社会体験が不足している面もあり、私は毎日心配で仕方がない。 好奇心旺盛で警戒心の少ない息子が事故にでも遭ったらと、つい考えてしまう。 「決められた道を歩かなくちゃダメ。途中で遊ばないで、まっすぐ帰りなさい!」と、何度厳しく注意しても効果がない。 叱られると神妙な顔で、「ごめんなさい。明日はちゃんと帰る…」と反省しているようなのだが、翌日になると約束をケロリと破る。 途方に暮れた末、私は泣き落とし戦術に変えた。 「お母さんね、あんたが帰るまで心配で心配で泣きそうになるの。遊びに行くのなら、一度帰ってからにしてちょうだい」と、多少オーバーにべそをかくような調子で哀願した。 「お母さん、ごめんね。ぼく、学校を出る時には(今日はまっすぐに帰ろう)と思うんだよ。でもね、途中で違う道を見つけたら、どうしてかわからないけどお母さんのこと忘れちゃうんだ。どうして、こんなに一杯違う道があるのかなあ」。 私には返す言葉がなかった。 あれから16年、大学卒業を間近にしたある日、長男から久しぶりに電話が入った。彼は口ごもりながら、申し訳なさそうに言う。 「お母さん、悪いんだけどあと一年就職しないから…。卒業はちゃんとするし、仕送りももういらない。でも、自分がやりたいこと見つけるまで、もう少しあちこち見て回りたいんだ。今年中にきっと仕事を見つけるから」。 多分こんなことになるかもしれないとの予感はあった。あの子の道草癖は、この先いつまで続くことか。 それから長男は、北海道での農業をめざし、色々な出会いの中で今はワインを造る農夫である。 その時からは道草はせず、葡萄を育てワインづくりに一直線だ。 しかし、彼の好奇心は健在で、面白そうなことにはチャレンジせずにはいられないようだ。 まあ、多少は「大丈夫かな…」と思うことはあるけれど、さほどの躓きもせずに生きていることにホッとしている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年03月02日 09時07分26秒
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