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2006年11月08日
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皮を剥がれ、内臓を全て出されても、
その真っ赤な肉塊は、時折ピクピクと痙攣していた。

もうあたりは暗くはじめている。作業を急がなければ。

Keithと僕が鹿の群れを見つけたときは既に日が暮れ始めている頃だった。
1頭のオスと3頭のメス。Keithは鹿から目を離さず、ライフルを手に取るとすばやく弾をこめた。息を殺し、静かに近づく。ゆっくりと草を食んでいた鹿たちが一斉に頭を上げ、こちらを見た瞬間、Keithはライフルを構えると同時に迷いなく引き金をひいた。一体いつ狙いを定めたのだろうか、まさに一瞬の出来事だった。

30メートルほど先で雄鹿が、ガクリと崩れ落ちる。メスたちは驚くほどの跳躍力であっという間に姿を消した。Keithが猛然と走り出す。僕も必死に後をついて走った。倒れた雄鹿の傍らに立つ。最初の一発で肺を射抜いたようだ。もう呼吸も殆どしていない。Keithがすばやく頭蓋骨と頚椎の間にとどめの二発目を打ち込むと、雄鹿の目から急速に光が失われ、命が完全に途絶えたことが分かった。

Keithはすばやくナイフを取り出すと、のどを切り裂いた。こうして血を出すのだという。

鹿の群れを見つけてからここまでずっと、無言ですばやく作業を進めていたKeithがようやく落ち着いた声で僕に話しかけた。
「さあ、もう大丈夫だ。解体を教えて欲しいと言っていたね。では、始めようか。」

スーパーマーケットで買った肉を食べるのではなく、生きものの命を自分で奪い、その命をきちんと戴く。その行為を通じて自分が地球上の生態系の一環であることを再確認したい。狩りは、もう何年も自分の中の課題として存在してきた行為だった。生命を維持するということは、きれいごととはかけ離れており、ある意味、徹底的に利己的なことだ、ということを体で感じとりたかったのだ。

Keithが僕に与えられた最初の指示、それは首を切り落とすことだった。

迷いがなかった、といえば嘘にになるかもしれない。でも僕は雄鹿の首にナイフを思い切り突き立てた。肉と皮は案外すんなりと切れる。問題は頚椎だ。骨の継ぎ目にナイフをあて、何度もこぶしでナイフの背をたたきつける。ナイフに切り取られることを拒んでいた首が急に抵抗力を失い、あっけなく首が離れた。転がる首を、角を持ってあわてて拾い上げる。重い。思っていたよりもずっと。これが命の重さか。きれいなコケの上に、そっと首を置いた。

次は4本の足の、ひざのすぐ上に、ナイフで丸く一周切込みを入れる。そして、それぞれの内腿の部分を、両後ろ足はひざ上から肛門まで、両前足は同じくひざ上から首の下まで切込みを入れていく。筋肉と毛皮のちょうど境目にナイフの切っ先を突っ込み、一気に切り裂いていく。

両膝の内側を結ぶラインがつながると、今度は肛門から喉元まで、縦に腹を裂いていく。少しでもナイフの切れ味が鈍ると、こまめに砥石でタッチアップしていく。切っては研ぎ、切っては研ぎの繰り返しだ。

不思議と血は出ない。僕らは指先をちょっと切っただけであんなに血が出るのに、一体なぜなのだろうか。心臓のポンプが動いていない限り、血は自分から吹き出ることはない、ということなのだろうか。

切り込みのラインが全てつながると、四本の足のひざ下を全て切り落とす。そして次は毛皮をはぐ作業だ。毛皮の切り口をつかんで引っ張り、ナイフでそっと皮膚と肉の境目を削ぐ。毛皮に肉を残してはいけない。細心の注意でナイフをあてる。
「青白いのが皮膚だ。その部分を切り進め。」Keithが教えてくれる。
確かに、皮膚の内側はわずかに青白い。ナイフをいれる場所を間違えると、毛皮の内側にはピンクの肉塊がついてしまうことになる。

ある程度皮を剥ぐと、Keithはやおらナイフを置き、肉と皮膚の境目に手をいれ始めた。それが一番早く、きれいに剥げるのだという。真似をして、剥け始めた毛皮を引っ張りながら手刀をいれていくと、「バリバリ」という音がしながらどんどん毛皮が肉から離れていった。命のなごりの体温が手に伝わる。シャツをまくったひじから先、鹿の体内に潜り込んでいる腕だけがものすごく温かい。

毛皮を剥ぎ終わると、巨大な肉の塊の解体だ。まずは後ろ足を腿の付け根で切りはずし、同じように前足を付け根から切る。そして内臓を全てとり出す。「ここは俺がやる。見ていろ。」腹の筋肉を裂くと一気に腸があふれ出てきた。Keithは迷いなく内臓をどんどん引き出す。そして、巨大な心臓とレバーが出てきた。ここで初めて、Keithの手が真っ赤に染まった。肺から気道まで、全てを引っ張り出した。

内臓を包む網目状の脂、Leaf fatと呼ばれる部分を注意深く取り出しすと、Keithは力強くナイフをいれ、肋骨から胸骨を取り外した。太い背骨を切るのにはのこぎりを使った。ペニスと睾丸を手で引き抜き、作業は全て完了した。

鹿を撃ってから解体が終了するまで、およそ1時間弱。森の中に気高くたたずみ、凛とした視線でこちらを見据えた雄鹿は、わずかな時間のうちに、大きな一枚の毛皮と、いくつかの肉の塊に姿を変えた。


それからは毎日、鹿の肉を食べた。レバ刺しは信じられないほどクセがなく濃厚な味だった。モモのステーキは風味豊かで歯ごたえ抜群だった。今までで食べた中で最高に旨い肉だった。食べるたびに雄鹿の姿が脳裏によみがえってくる。生きているときの姿、死んでいく様、解体されていく過程。ここまでリアルに「肉を食べた」ことは、今までの人生で一度もなかった。

その後ユーコン滞在期間中に、雷鳥2羽を僕がライフルで仕留め、一緒にしかけた罠でウサギを1羽捕らえた。全て、その命をありがたく戴いた。全て、本当に美味しかったし、肉一片たりとも残そうという気は起きなかった。それが命を戴く上での最低の礼儀だろうから。

これを読んで、「なんて残酷なことを」と思う人もいるかもしれない。でも、僕たちが生命を維持していく為には、どうしても他の命を犠牲にせざるを得ないということは揺ぎ無い事実だ。スーパーで安売りしている肉だって、動物たちが命を落としている点ではなんら変わりはない。自分で殺しているか、誰かに殺してもらっているかだけの違いだ。その痛みをきちんと理解することは、絶対に必要なことであると僕は考えている。


鹿の解体が全て終わった後、Keithが「最も大切な作業」を教えてくれた。
クリンギット族にはるか昔から伝わる儀式だ。
取り出した気道と肺を近くの木に吊るす。
そして、自分たちが命を奪った鹿が、また生まれ変わり、息ができるようにと願うのだ。

暗くなっていく森の中で、僕たちは自然とひざまずき、大いなる自然の恵みに静かに祈りを捧げた。





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最終更新日  2006年11月09日 01時36分30秒
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