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カテゴリ:世界各国!旅先リポート
カナダ・ユーコン準州に暮らす Keith(クリンギット族のインディアン)のもとを訪れるのは 今回で3回目。 私は旅に先立ち、Keithに自分の想いをぶつけた。 そしてKeithは、私の無謀なリクエストを快く了承してくれた。 飛行機のドアが開いた瞬間、空気が変わる。 東京から詰められてきた機内の空気は、 まるでヘタりかけたバッテリーのようにヘナヘナにぬるくなっている。 そこに、急激に流れ込む冷涼な空気。 胸いっぱいに吸い込むと、五臓六腑に真新しい血が一瞬で流れ込んでいくように、 気持ちが、心が、溶け、同時に震え上がる。 ようやく帰ってきた、というのが一番近い感覚だろうか。 空港のガラス越し、Keithが大きく手を振っていた。 遠くからでも分かる満面の笑みは、47歳とはとても思えない少年のような表情だ。 私は高く右手を上げ、ガッツポーズで応えた。 ここにはいつ来ても、私の訪問を心待ちにし、温かく迎えてくれる男がいる。 そう、やはり私はこの場所に「帰って」きたのだ。 2年ぶりの再会。 駆け寄ってきて私の手を包むKeithの手は相変わらず骨太でデカい。 握り締めると硬く、一瞬で皮の厚さを感じる。 幾多のトーテムポールを彫り上げ、同時に、幾多の動物達を仕留めてきた男の手だ。 握るだけでこれだけ色々なイメージを湧かせてくれる手を、私は他に知らない。 話は尽きない。 そして、私は待っていた。 彼が私にどんな名前を用意してくれているのかを。 しかし、事はそう簡単には運ばなかった。 Keithによると、計画は2年がかりだという。 来年、Keithの一族がホストとなって行うPotlatch(パーティー)がある。 Potlatchでは、死者を悼み、同時に、新しく生まれた者に名前を与える。 来年のものは、昨年亡くなったKeithの叔父と叔母を弔うPotlatchで、 100人以上が集まる予定。 そこで集めたお金で二人の墓標を立てるという。 そのPotlatchに私が捧げものをし、 そのお返しとしてTlingit族としての名前を貰う、という仕組みだそうだ。 捧げるものは肉。 今回の旅の目的は、前回同様、狩りだ。 仕留めた獲物を献上し、一族の仲間入りをする。 ハードルが高い分、「名前をもらう」ということに それだけの重みがあることも感じ、嬉しさが膨らむ。 しかし私がこれまで仕留めたことがあるのは、 罠で獲ったSnow Shoe Hare(ウサギ)と、 ライフルで撃ったPtarmigan(雷鳥)のみ。 前回の旅では、野宿しながらDall's Sheepを3日かけて追ったが、 苦汁を飲まされる結果となった。 狩りの難しさは身をもって体験している。 Keithは、Mountain Goat(シロイワヤギ)を狙おうと言う。 白く長い毛並みの毛皮は貴重で、肉もとても旨いらしい。 しかし、断崖絶壁を苦もなく行き来きしながら高山の岩場に暮らし、 最も狩るのが難しいと言われているそうだ。 Keith自身、まだ自分で仕留めたことがない。 目指すは今年の夏、KeithがMountain Goatの姿をを 何度も見たというMt.Montana。 3日間ほど山に篭る装備を整え、ピックアップに乗り込んだ。 Highwayを走りながらも獲物が気になり、ずっと山肌を見つめる。 すると、高いところに白い点を二つ見つけ、すぐにKeithに報告した。 Keithは一目で「確かにあれはMountain Goatだ」と断言。 岩陰からも別のMountain Goatが出てきて、親子らしき2頭が2組と、 離れてもう1頭の、合計5頭を確認した。 この時期、メスは集まり子供たちと過ごし、オスは単独行動をしているという。 メスや子供を撃つわけにはいかない。 私たちは1頭だけ離れたオスに狙いを定めることにした。 入念に荷造りをしたキャンプ道具は全てピックアップに置いていき、 日帰りでアタックをかけることとなった。 Highway沿いの、比較的登りやすそうな場所から登坂を開始した。 風がこちらから獲物側に吹いている。 音も匂いも気付かれやすい状況のため、音を立てないように細心の注意を払いながら登る。 しかし、砂礫の上に岩が乗ったガレ場が多く、大きな石がガラガラと落ちていく。 何度か休憩を挟みながらどんどん高度を上げていく。 斜度はきつく、常に三点支持を心がけるが、 折角掴んだ岩がボロッと砕けたり、油断も隙もない。 下を見た途端に恐怖が襲う。 落ちたら冗談では済まされない。 下手したら死ぬ。 怖さを振り切り、Mountain Goatに近寄ることだけに集中する。 上り始めて1時間もすると、Keithが次々と痕跡を発見していく。 獣道、糞、見張り場所、岩にこびりついた毛、 よくまぁこんなに見つけるものだと感心しながら後をついていく。 2時間が経過、ようやくMountain Goatが狙える高度にまでたどり着いた。 Highwayから800メートル近くを一気に直登し、標高は1500メートル程度だ。 そこからジリジリと獲物に近づいていく。 連なる尾根と谷をトラバースしていくのは、直登よりもよっぽど難しく、 何度も迂回を余儀なくされた。 いよいよ近づいてくると、可能な限り身を低くして進む。 そしてようやくKeithが標的を捉えた。 すぐに近寄り、恐る恐る岩の陰から覗くと、確かに崖の先端に、それはいた。 陽の光を浴び、純白の毛並みが輝いている。 しかし、撃つには遠い。 一旦崖を数十メートル下り、 大きく迂回して次の谷を超え、尾根の稜線から再び覗く。 間にもう一つ尾根がある。 まだ遠い。 立ち上がると向こうに気付かれてしまう。 Mountain Goatはこちらを向いている時もあるが、 落ち着いた様子でまた草を食んでいたりもする。 再び大きく迂回ルートをとって近づくべきか、 失敗を覚悟でここから撃つべきか。 その時、Keithは大胆な指示を出した。 「這って尾根を越えろ。」 幸い、目の前に一本の木が立っていた。 「この木の陰になるように進め。 決して素早く動かず、ナマケモノのようにノロノロと。 常に這いつくばって。」 軍隊経験のない私が体験する始めての匍匐前進。 Keithは双眼鏡でMountain Goatの動きを凝視している。 小さく短い口笛1回が「止まれ」2回が「また進め」だ。 結局口笛は一度も鳴らず、私はたった5メートルほどの距離を移動するのに数分かけ、 木の根元に身を潜めた。 こんなに緊張したのは久しぶりだ。 先に尾根を越えた私がライフルを受け取り、 その後Keithも蜘蛛のような四速歩行で尾根を越えてきた。 谷間を横切り、再び尾根からゆっくり顔を出す。 まだ私たちとMountain Goatの間には尾根があった。 しかしこれ以上近づいてはさすがに気付かれてしまうだろうということで、 ライフルを渡された。 スコープを覗き、標的を探すが、見える範囲がとても狭く、慣れない作業に手間取る。 銃身の先端のほうに大きめの石をそっと置き、枕のようにした。 完全に腹ばいになり、体を安定させる。 そしてようやく、頭を下げて草を食べている白い体に照準を合わせた。 狙うのは肺。 肺を撃てば、出血が肺に溜まり窒息死する。 確実で、苦しむ時間も短時間で済むという。 前足の付け根のすぐ後ろ。 胴体を三等分して、下から三分の一の部分を、 真横から打ち抜かなくてはならない。 Keithが距離測定器で距離を測り始めた。 尾根の他の部分は距離が出るのに、なぜかMountain Goatの場所は測れない。 結局、目測で350ヤード(300メートルあまり)くらいだろう、ということになった。 離れた場所から狙うときは、距離は特に重要で、ライフルの仰角を微妙に変える必要がある。 Keithは正確な距離を割り出せないことに不安を抱いていた。 安全ロックを外し、息を潜めて引き金を引く瞬間を待つ。 Keithが「撃て」とささやく。 しかし、私の位置からは微妙に岩が邪魔となっている。 引き金を引くのを躊躇しているうちに、標的は岩陰へと消えてしまった。 Keithが「この隙に、急いでもう一つ尾根を越えよう」と言い出した。 確かにそのほうが当たる確率は上がる。 狩に出るのは2年ぶり、しかも今回は練習も全くしていないという状態で、 この長距離弾を命中させるのはあまりに難しい、という判断だ。 確かに正しい。 でも、私はこれ以上動くとMountain Goatにどうやっても気付かれてしまう気がしてならず、 また、近づいたとしても、慣れないライフルの照準を合わせるのにまた手間取ってしまい、 チャンスを逃す危険性も高いと考えた。 そして、Keithに伝えた。 「ここで撃ちたい。」 結局、Keithは私の意思を尊重してくれた。 自分も仕留めたことがない獲物を撃つチャンスを譲ってくれ、 しかも素人の我儘を聞いてくれたのだ。 私はその特別の厚意に感謝して、再び意識を標的に集中させた。 どれだけの時間が過ぎただろうか。 辛抱強く待っていると、再びMountain Goatが岩陰から姿を現した。 Keithが再び囁いた。 「今だ。」 息をしていたかどうかも分からない。 私の意識は照準器の中心にある、真っ白な体に吸い込まれていった。 音が遠ざかり、冷えた空気の重みを全身に感じる。 気付かないうちに引き金を引いていた。 ライフルの台座を当てていた肩に強い衝撃が走り、 耳をつんざくような発砲音が山間にこだまとなって響き渡った。 そして、遠くのMountain Goatは きびすを返すと走りだした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年09月03日 02時42分13秒
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