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カテゴリ:ダンシング・オン・ザ・ウォーター
朝目覚めた俺は、傍らに居たはずの、妻の姿が無いと気が付いた。携帯電話の時計を見ると、まだ朝の6時。疲れて寝入ってしまった俺を残し、きっと先にチェックアウトしたんだろう。今日は,、俺も彼女も通常通りの勤務だもんな。馴染んでいた存在が、もう傍らに戻らない現実に切なさを抱く。「しっかりしろよっ!!自分が蒔いた種さ!」叱咤してベットから起き上がった。
シャワーを浴びた後服を身に付け、昨晩を想いかえす。確かに脳裏に刻まれた記憶はとても鮮明で、きっとこれからも、時折想い出してしまうんだろう。シャワーを浴びても尚残る、触れていた肌の柔らかな感触が蘇るよう!自身の手を思わず見つめてしまう。「やっぱり未練がましいな」苦笑して、のろのろとシャツに腕を通し始めた。 いつものように一番に出勤して、従業員達のデスクを拭く作業から始めた。一生懸命頑張ってくれている、彼らに対するせめてもの感謝の気持ち。それに今回は、私的な部分なのにも拘らず、紅緒と揉めちまったもんな。皆とあいつに謝罪しないと。「よしっ!!」ぴかぴかに磨き上げたデスクを見つめ、一人満足げに呟く。「さっ!一日のスタートだ!気合入れていかなきゃなっ!!」 今日は全員が出勤。自主的に謹慎していた紅緒君は、白雅に電話で呼び出されたらしく、少し項垂れながら出勤してきた。すぐに、白雅のいるスタッフルームに向かい、2人で話し合っていたようだった。もちろん私をはじめ、他の従業員も、2人がどのような会話を交わしたのかなんて、知るよしもない。 朝礼では、白雅が皆に迷惑を掛けた事を、開口一番謝罪をし、一人ずつ、ショーの感想などの発言を求めた。皆から意見が出される度に、真剣に話に耳を傾け頷く彼。その後は、私達はいつも通り、新たな作品のデザイン作りから始めた。CADでデザインを作り、色や形などを幾つものパターンを考え、型紙を起こす作業。地味だけど一番大切な作業だけに、皆真剣にパソコンに向かっている。 「染姫さん、今晩、空いてます?」正面のパソコンの脇から顔を覗かせ、こっそりと尋ねてくる。「ん?何で?」「相談があるんですけど」「いいけど。君は悩み事が多いね!」私の言葉に苦笑する紅緒君。「じゃ、いつもの場所で」「はーい!」いつもこんな感じで、年下君は私にアプローチを掛けてくる。悩み事の相談なんていうのは、デートしたい彼の口実なんだって、最近気が付いた。 何事もなかったように振舞う白雅、私、そして紅緒君。此処にいる以上、そうでなくちゃいけない私達。紅緒君と白雅の間に何か諍いがあったと、周りの皆も気がついているけれど、大人だもの、ありがたいことに誰も詮索してこない。きっとこうやって、個人的なトラブルも、秘密という闇に葬り去られていくのでしょう。 時間を見ると昼の12時5分過ぎ。お昼何を食べようかな・・・ぼんやりと考えていたら、デスク右脇に置かれた電話が、外線からの着信を示していた。コールが鳴る前に、素早く受話器を取る。 「はい!ありがとうございます!株式会社klavierでございます!」「もしもし!私、七波と申します。瀬名川さんはいらっしゃいますか?「!!浄瑠璃?私よ!染姫っ!!」電話口の声が、ほっとしたような溜息をつく。「良かった!白雅が出たらどうしようかと思って、冷や冷やしながら掛けていたんだ!」笑いを含めた言葉に、つられて小さく笑う! 「どうしたの?携帯に掛ければよかったのに」「仕事中だから悪いと思って。手短に話すよ!僕、パリに行くことにしたんだ!コンシェルジュになる為に!姉さんだけには、きちんと伝えておこうと思ってね!」 「えっ!そうなの?白雅に言わなくていいの?」「言わないでおくよ!出発するのはまだ先だけど、彼にはパリに行く事、当分の間良いと言うまで黙っていて!落ち着いた頃連絡するから!ごめんね昼時に、じゃあ姉さん!またね!」「うん・・・」彼は私の返事を待って、携帯電話を切る。残されるツーツーという音に耳を傾け、ゆっくりと受話器を戻した。 浄瑠璃が、パリに・・・何だかとても複雑。彼に言わないで行くなんて、余程の覚悟よね。せめて姉として、彼が旅立つ日には見送ってあげたい。白雅の代わりに・・・ 「浄瑠璃、お姉さんと連絡取っているの?」パリに向かうSarraute(サロート)さん。見送りに来た空港で彼女が尋ねてくる。「えぇ、まぁ・・・」曖昧に答えた、僕の顔を彼女は覗きこんで、見透かしたように微笑みを浮かべた。 「嘘ばっかり!視線が泳いでいるわよ!もしかしてパリに行くのに、黙って行くつもりだったんでしょ?」ヾ(;´Д`●)ノぁゎゎたじろぐ僕っ!!「そっそんな事・・・」「ないわよね!もちろん!お姉さんにはちゃんと伝えなさい!貴方をリッツに紹介した者としての命令よ!」 「そうですよ!お姉さんには、伝えておいた方がよろしいでしょう!誰か一人くらいには、自分の居場所を、知らせておいたほうがいいです。身内を心配させてはなりません!」Jolivet(ジョリウ゛ェ)さんも同意して僕を見つめる。 「さーて!私は帰らなきゃ!本当のDaladier(ダラディエ)のところに!今頃首を長くして、私の帰宅を待ってるわよ!」(´∀`*))ァ'`,、 「だといいですね!寂しくて、愛人宅に転がり込んでいるのでは?」「なによぉっ!!Jolivetっ!!一緒に帰れないからって僻んでいるんでしょっ!!」「いえ、別に。ちょっとした独り言ってやつです!お気になさりませんように」 まーた始まった、フランス語で交わされる、2人の小さな言い争い。僕は微笑みながらみつめる。今日でDaladierさんの役も終わり!ほっと胸を撫で下ろした。Sarrauteさんは、僕の様子に気がついて微笑み掛ける。 「浄瑠璃!素敵な一週間だったわ! 久しぶりのアジアはとっても楽しかった!エリザの結婚式にも出席できたしね!貴方の恋人は、私を見て明かに嫌そうな顔してたわよ~!ァヒャヒャ(ノ∀`*)ノ彡☆きっと浄瑠璃とデートしていたのが、よっぽど気に入らなかったのね!」 仏頂面の白雅を想い浮かべた!「そうだったんですか・・・」思わず苦笑!「貴方の出発は二週間後よ!Jolivet、彼の住まいの手配も出来ているわね?」「私を誰だと思っているんです?クロスキーを持つ、コンシェルジュですよ!」Sarrauteさんに、航空チケットを手渡しながら、誇らしげに答えるJolivetさん。 「さすがね!Jolivet。浄瑠璃!これくらい出来ないと、コンシェルジュにはなれないわ!ましてやクロスキーをつけるなど、大変なことなんだもの。こちらにいる間も、パリに行っている間も、Jolivetから多くを学びなさい!その為に、優秀なコンシェルジュを置いていくのだから、ねっ!!」「はいっ!!頑張りますっ!!」返事に満足そうに頷く彼女。 「さっ!!そろそろ行くわね!2人とも!後日パリで会いましょう!sayonara!」ウインクと共に僕が教えた、日本語での別れの言葉を言い、搭乗ゲートに去っていく彼女。その姿が見えなくなるまで、Jolivetさんと共に見送った。BVLGARIのBLACKの、残り香をその場に漂わせて・・・ 力ある者へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008/08/09 10:43:19 PM
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