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カテゴリ:ダンシング・オン・ザ・ウォーター
過去を含めて、俺の話を聞き終えた白雅君は、少しの間無言で思案する。父親である朱砂の、思惑を測りかねているらしかった。「白雅君。多分朱砂は、君が俺の工場に訪ねて来た時から、こうなる事を予測していたように想う。俺の工房で抱えている、黒の染料のストックの量まで、君は知らなかっただろう?だけど朱砂はね、それすらも把握していたんだよ。
『融資して欲しいなら、懐だけでなく全ての事情を話せ!』奴に言われていたからな」言葉に更に黙り込む彼。「家業が、赤字に傾いていく現実でも、昔ながらのやり方しか知らない俺は、従来通りの樹木染料に固執した。家業を支える五代目として、どんなに安くても、合成染料なんかに切り替える事など出来なかったんだ」 「お父さん・・・」「染姫、すまない・・・お前には言えなかったよ。白雅君、君にもね。そして、2人に朱砂を誤解しないで欲しいんだ!あいつは、私利私欲で動く男じゃない。意地っ張りで素直じゃないけれど、苦労人だからな、世間ってものも、人の心もよく知っているんだよ」 「父が・・・苦労人ですか?」驚いた表情を見せる白雅君。「知らないのかい?生い立ち、朱砂から何も聞いていないの?」問いに首を左右に振る。「そうか・・・」朱砂、君は息子に何も話していなかったんだ・・・深く溜息をつく。いいよな?朱砂。彼だってもう、立派な大人なんだから・・・ 「朱砂はね、五歳の時、両親を交通事故で亡くしている。その後は親戚の家を転々として、最後には施設に入った。そこも、居心地のいい環境ではなかったらしくてね、何度も飛び出しては、連れ戻されるって日常だった。時には、俺のところに逃げ込んでくる事もあったんだ」 2人は言葉もなく、うろたえた表情を見せている。そりゃそうだろう、今の朱砂は自信に満ち溢れ、常に堂々と振舞っているんだ。彼の過去が、深い苦悩の連続だったなどと、誰も想像出来ないだろう。静かに言葉を続ける。 「昼間は働きながら、夜間高校を卒業して、あいつはすぐに渡米した。帰国した時にはMBAを取得していたよ。日雅を興したのはその直後さ。『どん底を味わった人間は、誰よりも強くなれる!』奴の口癖でな、倒れるんじゃないかって思うくらい、毎日必死になって働いていた。今の日雅が、あれほどまで大きくなったのは、朱砂が形振り構わず頑張った結果なんだ!」 「父が・・・初めて知りました」 「白雅君、君が朱砂に反発するのは、男として解らなくもない。だけど時には素直に、朱砂の厚意を受けるのもいいんじゃないかな。いつもあいつに助けられてきた、俺が言うのは情けなさ過ぎるけどさ」 「朱砂さんがしたいのは、暁闇工房とklavier双方の為に、黒の樹木染料を、この国で作れるようにするってことなの?」「まっ、そうだろう。あいつははっきりと明言しなかったがな。長い付き合いだ、何となく解る」すると白雅君が、ゆっくりとした口調で問い掛けてくる。 「お義父さん・・・工場に黒の染料を送らなかったのも、父の差し金ですか?」朱砂のした事が許せないのだろう!その目には僅かな怒りが垣間見える。「まぁ、そうなんだけど、探りを入れるつもりだったらしい」朱砂が俺に、計画を持ちかけてきた日の話を想い返す。 「黒の染料が止まれば、どれ程困るものなのか知りたいんだ!お前も協力しろ!暁闇っ!!」(。-∀-) ニヒ♪「まーた、ろくでもないこと考えたのか?(´ω`ι)どこまで息子を困らせれば気が済むんだよ!」 「あいつがいっぱしの男になるまでさ!鉄は鍛えないと強くならない!人もそう!苦労しないと強くなれないもんだ!」やり方は姑息だが、父親として常に息子を想い、妨害と密やかな口利きを繰り返す朱砂。俺の時も同様に、奴なりのやり方で助けてくれていた。白雅君、今は彼の気持ちは解らないだろう。だけどいずれ気が付くだろうよ!君が父親になったときにね。目の前の若い青年を見つめて想う。 「探り・・・ですか。いかにも親父らしいですね。相手の出方を見て、前以って計画していた術を発動させる。財力、人脈フルに使ってね!相変わらずやり方が汚いぜっ!!」「白雅・・・お父様に対して、そんな言い方するものじゃないわ!」 娘が白雅君を窘める。「いいかい?財力を使うのも、人脈を使うのもどちらも必要だよ。財力が無いと人を助ける事も出来ない。人脈もそう!現に俺の工房は、彼の支援と人脈によって、今までかろうじてやってこられたんだ! 工房移転も、klavierの為、そして俺の家族や職人達を助ける為に、ずっと以前から考えていたんだろう。俺と違って、経済の先読みが出来る奴だからな、朱砂は」 「十分過ぎるくらい解っています。親父がどれ程凄いかなんて・・・」それ以上先、言葉が続かないのだろう。俯いて黙り込む彼。 「白雅、とりあえず父に、工場見てもらったらどうかしら?決めるのは、それからでもいいのだし」「それもそうだな。俺、お義父さんと工場行ってくる。お前も行くか?」「私は残ります。まだ作業中ですから」 2人のやり取り。見る限り、何故この2人が離婚しなければならないのだろうと、不思議に思うくらい会話も自然だ。夫婦か・・・難しいものだよな。悟られないように小さく溜息をついた。 工場に向かう車の中で、暫くの間、俺達は無言のままだった。それに耐えられずに、言葉を発したのは俺。「お義父さん、彼女との事、聞かないんですか?」問いに深く溜息を漏らす。「聞いていいのかい?」「えぇ・・・」短く返事をして、慎重に言葉を選んで話し出した。 「離婚する理由は、俺が彼女の過去を、受け止められなかったのが原因です。染姫さんは悪くない。俺の一方的な我儘ですから」「過去?」「はい。深い内容は勘弁してください。あまり想い出したくないんで」言葉に小さく溜息をつく暁闇さん。 「もしかして、朱砂が絡んでいるんじゃないのか?」一瞬言葉が詰まる!「いえ、父は関係ありません!」繕うけれど、声に動揺が出てしまっていた。「正直だね、そんなこったろうと思ったよ!娘の昔の男、朱砂だって知ったんだろ?」 問いに答えられない!それがかえって、事実であると物語っているのに!「無理しなくていいよ!嘘をつく必要もない。何となく感づいていたからさ、朱砂と娘の関係は。朱砂は止めておけって言ったんだけどな、染姫に・・・恋は盲目、まさに言葉通りさ」 自嘲気味に呟く暁闇さん。ハンドルを握っていて良かったよ!俺。もし、彼と対面だったなら、一体どんな顔ができたというんだろう・・・暫しの無言の後、意を決したように話し出す。「すみません・・・お察しの通りです。俺は、彼女を受け止め切れなかった。たとえ過去だと頭で解っていても、許す器量が今の俺にはないんです・・・」 「そうか。しょうがないよな。今更ながら、朱砂に娘を紹介するんじゃなかったって思うよ。白雅君、君を責める気にはなれないよ。もっと俺が、女性の心理ってものに敏感だったなら、まだ恋愛経験のない娘に、朱砂を紹介などしなかっただろう。男なんて、女心を解っているようで、まるっきり理解していないのかもしれないな・・・」 助手席の暁闇さんは、ドアに肘を立て頬杖をついて、窓の外の風景を見つめながら答える。「俺も、女心って未だに解りません。なんで、ああも繊細で細かいんですかね?」思わず本音を言うと「まさしく同感だね!男には永遠に、理解不能なのが女っていう生き物さ!男みたいに単純なら、理解できるんだけどな!」乾いた声を上げて、彼は静かに笑った。 夢への第一歩へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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