|
カテゴリ:ダンシング・オン・ザ・ウォーター
「浄瑠璃!白雅がね、フランス語も喋れないのにパリに行っちゃったの!おまけに貴方の住所も電話番号のメモも、klavierに忘れて行っているし!彼に逢えたなら、私の携帯かklavierに電話するように伝えて!」
外出中に入っていた、苦笑交じりの姉からの留守番電話。聞き終えて呆れ返る僕!「フランス語話せないのに、パリまで来ちゃったのっ?しょうがないなぁ!もう君は、何でこうも人の心を掻き乱すかなぁ!」やれやれと小さく溜息。でも本当は、逢いに来てくれたのが凄く嬉しくて、小躍りしそうなくらいな感情が浮かんでいる! 明日着る筈だった服を、クローゼットから急いで取り出し、シャツを羽織るっ!服を纏う時間すらももどかしいよ!アパルトマンの鍵を掛け、夜の街へと勢いよく飛び出した! 「此処まで来るなんて、正直驚きだよ!」全速力でホテルに走りながら、白雅、君に逢ったらなんて言おうか?こんなに感情が高ぶっているなんて久しぶりだ! 「だーっ!!ちっともわかんねーよっ!!こんな事なら素直に、浄瑠璃に、空港まで迎えに来いって言えば良かったっ!!ちくしょーっ!!」思わずぼやく!直通便だったから、パリにまでたどり着いたものの、空港からガイドブックを片手にあっちうろうろ、こっちうろうろ。腕時計はもう夜9時だ!街を彷徨う俺は、不審者に見られないかと急に不安になるっ!! 「やっぱり染姫の言ったとおり、翻訳機の取り説読むべきだったよなぁ・・・」彼女との、空港でのやり取りを想い出す。 「ところで、貴方フランス語話せるの?」「あ゛?話せねぇよ!でも何とか成るだろっ!!」見送りに来た彼女に言うと叫ぶ染姫っ!! 「はぁっ??無茶よっ!!どうしてもっと綿密に計画しなかったのっ??」「いいのっ!!翻訳機があるだろうがっ!!その為に通販で買ったんだからっ!!」「でも、取り説読んだの?まさか、目を通していないんじゃ・・・」「取り説なんて読まなくても大丈夫だろ~!じゃあな!行ってくるっ!!」別れ際、心配そうな表情の染姫に手を振った。 荷物のチェックは無事に通った。だけどパリ行きに浮かれてて、確認すらしていなかった単純で大きなミス!「あっ??・・・これの電池、充電式なのかっ!!え゛っ!!しかも、乾電池も使えないのかよっ!!」買った翻訳機が使えないと気が付いたのは、既に飛行機が飛び立った機内でだ!おまけに、メモってきた奴の住所と電話番号も、持ってきた手帳に挟まれていないというお粗末ぶりっ!!思いつきで来てしまったから、携帯も海外仕様にしていないっ!!「マジかよっ!!」舌打ちしたい位の苛立ちを、座席で必死に押し殺した! 念の為に持ってきていた「地球の歩き方」と、簡単なフランス語の本を機内で読んで、約半日近くのフライト時間を過ごしたが、所詮付け焼刃。パリに着いて道を尋ねる言葉すら、全く通じねぇっ!!「参ったなぁ・・・」独り言を呟いて途方にくれる。「せっかく、あいつを驚かせようと想ったのになぁ・・・マジ凹むぜ」 溜息を付く。ふと振り返ると、目の前の警察署が眼に入った!「おっ!!おまわりに聞いてみっかっ!!」 警察署でも想像通り言葉は通じず、警官も俺も、互いに溜息をついて首を左右に振る!「なぁ、おまわりさんさ、こいつのアパルトマン知らねぇか?この男のところに行きたいんだよっ!!」カウンター越しに、浄瑠璃の写真を見せながら、日本語を話し続ける!解るわけないよな?って思いつつ尋ねずにはいられない!ゆうに身長が185は超えるであろう、巨漢の警官も、腕を組んだまま心底困った顔をしている。 少しの思案の後、警官はフロントから電話を掛け、まもなく奥から二人の警官が姿を現した。彼らはフロントに置かれた写真を見つめて、やがて一番若そうな警官が口を開く。何話しかけているか全然わかんねぇけど、写真を指差し、右手でOKサインを出すところを見ると、どうやら「浄瑠璃を知っている」って言っているみたいだった。 「マジっ!OK??ザ・リッツ・カールトンで働いているんだよ!!」嬉しくなって叫ぶと、今度はもう一人の年配の警官が手を叩いて、棚から出してきた地図をめくりリッツを刺し示す!「THE RITZ-CARLTON]スペルも間違いないっ!!あいつの働くホテルだっ!!「此処でもいいから場所教えてよっ!!アパルトマンの場所も、電話番号も解らないんだ!」余程、切羽詰っていた表情をしていたのだろう、彼らは何事か話し合い、最初に応対した人間が、立ったままの俺に外を指し手招きをする。どうやら若い人間が此処から徒歩で、リッツまで案内してくれるようだ!「Je vous remercie!!」丁寧に、警察署に残る二人に礼を言い、長身の若い警官と共にホテルに向かった! 肩を並べ、無言で歩きながら想う。「THE RITZ-CARLTON」比較的多くのホテルに滞在した俺でも、泊まった経験の無いリッツ。「俺が経営者だからこそ、息子が生まれたならば、決して甘やかせたくなかった。苦労こそ宝だと考えている。人間は辛い事を踏み越え、真の強さを身につけるものだ。白雅、今のお前なら理解できるだろう?」挙式後に、親父が俺に言った気持ち、今なら微かでも解る気がする。 たくさんの失敗や挫折経験は、未来の俺を作り上げていく宝になるのか?親父。感情だけで表現したならば、今でもあんたを好きにはなれないよ。ただ敵わない、それだけは認めてやるさ。それに、あんたが手放した人間達を、好きになっちまったなんて皮肉だよな。浄瑠璃、染姫。お前らは共に強く俺を想ってくれた。ずるいかもしれないけどさ、男の一番と女の一番って、これからも想っていいか?気持ちに、線引きなんて出来そうにないんだよ。 隣の警官が立ち止まり、建物を指し示し俺を見つめた。見上げる先にはライトアップされた大きなホテル!「此処が・・・ザ・リッツ・カールトン・・・」にこやかに笑った彼は、入り口のドアマンに何事かを話し、俺の背中を軽く押して中に入るよう促した。「あっ!!ありがとっ!!じゃないっ!!Je vous remercie!!」言葉に軽く頷き敬礼して返してくれた。 ドアマンは、俺の持っていたスーツケースを受け取ると、右前方を歩きフロントまで真っ直ぐ進む。フロントの女性に話し掛け、一礼してすぐに立ち去った。「ええと、日本語OK?宿泊じゃないんです。浄瑠璃っていう、コンシェルジュを探しているんですが」問いににっこり頷く女性。「少々お待ち下さいませ」フロントの電話からどこかへコール。その様子をじっと見つめていた。 「ようこそ!ザ・リッツ・カールトンへ!お困りの事がございましたら、私に何なりとお申し付け下さいませ!」 掛けられる声に心臓が止まるかと想ったっ!!慌てて振り返ると目の前に浄瑠璃っ!!あっけに取られて言葉が出てこないっ!!ニコニコと微笑む奴は言葉を続けた。「どうしたんです?そんな訝しげな顔しないで下さいよ!」 「だっだってっ!!お前っ!!背後から声を掛けるんだもんっ!!焦るだろっ!!」やっとこさで出た言葉がこれかよっ!!心臓が驚きでバクバクいってるぜっ!!「全く、姉さんから電話もらわなかったら、君はパリの街を、永遠と彷徨っていたんじゃないですか?フランス語話せないのに、無茶ですよ!」 「なんだよっ!!久しぶりの再会だっていうのに、小言から始まるのかよっ!!」「そうですよっ!!これくらいは言わせて下さいっ!!白雅は無謀過ぎますっ!!行き当たりばったりで行動してしまうんですからっ!!」 「だーっ!!うっせーよっ!!それより俺、腹減って倒れそうなんだけどっ!!」「そうだろうと想って、来る途中でパン買っておきましたよ!レストラン行くまで、それで凌いで下さい!」君って人はホント手が掛かります!事前に連絡もらっていたならば、三ツ星レストランだって、予約できたのに!「ありがとう!シエル!じゃ、帰るね!」フロントの彼女にウインク!「どう致しまして!逢えてよかったわね!」 フランス語で交わされる会話に挟まれて、彼らを交互に見つめる。「浄瑠璃、スーツケース持ってくれよ~!もうくたくたなんだからさぁ・・・」まるで駄々をこねる子どものようだな。苦笑して、カウンター下に置いてあった、スーツケースを持って歩き出した浄瑠璃。「お前さ、離れている間、少し逞しくなったんじゃねぇか?」 ホテルを出て、彼の歩調に合わせながら歩く。「そうですか?厳しい師匠にも、さんざん鍛えられていますからね!君は?相変わらず周りを振り回して、困らせているんじゃありませんか?」「お前、厳しいね~!言葉がちくちく刺さるぜ!」パンを手渡されて齧りながら呟く。「君も父親になるんですから、成長しなくちゃ駄目ですよ!」「正直実感無いんですけどっ!!こんな事言ったら、染姫にどやされそうだな~!」 「女性は母になると、逞しくなっていくものです!いい母親になるでしょうね!姉さんは!君は宝物を手放したんじゃないですか?逃がした魚は大きいんですよ!」「なら、新たな魚を釣り上げるさ!お前ってでっかい魚をさ!」 「失敬なっ!!人を魚呼ばわりするなんてっ!!」「なんだよっ!!魚の例えをしたのはお前だぞっ!!」暫く見つめ合って、同時に噴出してしまった!「悪い!確かに魚じゃ例えが良くないよなっ!!でも俺にとっての宝物は、お前の存在なんだぜ!」ニヤって笑う表情を見て、耳まで真っ赤になる浄瑠璃! 「そういう台詞は、外で言わない方がいいですよっ!!もうっ!!時と場所を選んで下さいっ!!」赤面したまま、すたすた歩いて行ってしまうっ!!「おーいっ!!置いて行くなっ!!置いていくなら、でっかい声で好きって叫んでやるからなっ!!」言葉に反応し、ぴたりと足が止まる! 「その言葉を吐いたら、本当に置いて行きますっ!!いいんですか?君は僕の住所知らないでしょ?」振り返って今度は僕がニヤリと笑う!一瞬で固まった隙に、全速力で走り出したっ!!久しぶりの君との追いかけっこだよ!あの時と逆だね!走りながら過去を想い返す! 「ったくっ!!しょうがねぇなっ!!逃げるならとことん追いかけてやるさっ!!おいっ!!待てってっ!!」奴につられて俺も全速力で走り出したっ!!どこまで行こうと、こうやってお前を追っかけて行ってやるよっ!!決して失いたくない、俺だけの宝物なんだから・・・ 完 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ダンシング・オン・ザ・ウォーター] カテゴリの最新記事
|