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カテゴリ:ダンシング・オン・ザ・ウォーター
迷いがないと言えば嘘になる。腕の中の彼女を抱く度に、置いて行っていいのかと。離れることで、不安な気持ちにさせるし、何よりも愛美を、彼女一人だけで任せるのは心配でもあった。俺の子どもじゃないけれど、染姫に似て眼の大きな愛おしい彼女は、たくさんの楽しみをくれる大切な存在。だけど言わなきゃならない。彼女たちを今よりももっと、良い生活をさせる為に。
「染姫、単身赴任になっちゃうけど、君にだから任せられるんだよ。全幅の信頼をおいている君だからこそ、俺は東京行きを決めたんだ。愛美を抱えて大変な想いもするって、十二分に解ってる」 「うん・・・貴方が東京に行くの、本当は覚悟してた。十分過ぎるくらい、私は君に支えてもらったよ!一人でも何とかやってみるよ、もうお母さんなんだもんね」 彼女の言葉。心から愛おしい。柔らかな髪を撫でて、自分の気持ちが伝わるようにと願う。好きで好きでたまらなくて、上司から奪ったこの人を置いていくのは、マジで辛い。それでも俺が東京に行った後、彼女を色々な面で支えられるのは、白雅さん、貴方しかいないんだ。 抵抗が無いわけじゃない。葛藤だって感じるよ。それでも安心して任せられるのは、彼だけ。結婚に反対している両親には、頼る事は出来ないんだよ。もっと強くなって、両親を説得できるくらいの強さが欲しい。その為に決めた東京行きでもあった。 二人の為にもっと強くなりたいんだ!それが今の俺の最大の目標。 「紅緒、大好きだよ・・・」「ん・・俺も」囁かれる声に心が温かくなる。何度も何度も交わすキスの感触を、脳裏に刻んでいこう。君も同じように想ってくれたなら本望だよ・・・ 「あーっ!!麦茶こぼしちゃうっ!愛美っ!!コップ持ったまま歩かないでっ!!」紅緒が東京に行って一ヶ月が過ぎた。「んもーっ!!駄目でしょ~!座って飲むの!」持っていたタオルで床を拭く側から笑い声。元夫の白雅だ。 「愛美~!父ちゃんのところおいでっ!!って逃げるしっ!!(>д<;) すっげーショックなんだけどっ!!父ちゃんは悲しいぞっ!!」「慣れて無いっていうか、完全嫌われているわよね、貴方って」 「そこまではっきり言うかっ!!元夫にっ!!お前、愛美産んで、毒に磨きがかかった気がするぞっ!!」Σ(`oдО´;) 久しぶりの日曜日の休日、私は白雅のマンションを訪れていた。紅緒がいる時もそうだったけど、白雅とは時折こうやって会っている。愛美の父親なんだもの、たまには会わせてあげないと。「意外と子煩悩なのね!貴方って!ちょっとイメージと違う気がするわ!」 「俺、子ども好きなんだぜ!言ってなかったっけ?ってか、愛美、俺に対して警戒心バリバリなんですけどっ!!長く、フランスに行っていたのがまずかったかっ!!愛美っ!!俺が本当の親父だっ!!」 (´ω`ι)「紅緒に負けたわね、白雅。愛美は、彼がお父さんだって想っているんだもの、仕方ないわよね~!」抱っこをせがむ彼女を抱き上げる。頬を膨らませて、私と愛美を見つめる彼。「愛美、本当のパパはこっち!パパに抱っこしてもらったら?」白雅に渡そうとすると、とたんに泣き顔になる! 「うわ~っ!!切ねぇっ!!抱っこすらさせてもらえないのかよっ!!愛美っ!!つれないぞっ!!お前の母ちゃんそっくりだっ!!」 「何よっ!!それってっ!!私は好きな人には寛大だけど、そうじゃない人にはつれないのよっ!!そこらの女と一緒にしないでっ!!」 「それはそうと、お前仕事復帰、そろそろしないのか?黄麻も結構いっぱいいっぱいだぜ?経営と経理、一緒にすんのはしんどいと思うんだ。お前だって、紅緒の給料だけで生活すんの厳しいんじゃないのか?」 「うん・・・それはそうなんだけど、愛美もまだ1歳なんだよ?母親業に専念してもよくない?今しか見れないこの子の姿とか、成長とか自分の目で見守っていたいんだもの」 「それは解る。だけど、お前さ、紅緒の気持ちも考えてやれよ。ずっとお前を支えてきたんだぜ?プロポーズ断り続けているんだろ?俺には言わなかったけど、黄麻には相談していたみたいだぞ」 「紅緒が?」「ああ。『染姫は俺と所帯持つのに不安なんですかね?』って言ってたらしい。それに、なんで俺からの養育費、受け取らないなんて言ったんだよ!意地っ張りっ!!」 彼の非難に項垂れる。「だって、甘えたくなかったの、貴方に。蓄えていた貯蓄で、乗り切ろうって考えてた。それに白雅にも負担でしょ、養育費。双方、合意の上での離婚なんだから、受け取る必要はないって最終的に判断しただけ」言葉に呆れたように深く溜息をつく白雅。 「お前さ、自分が女だって部分、もっと自覚しろよ!お前はこれから先、紅緒との子どもを授かったりもするだろう?働いていないのに貯蓄だけで、出産費まかない切れないだろうよ!そうなったらどうすんだ!」 「いいか?社会はまだまだ、男中心に動いてる。俺はお前が、klavierに入るときに言ったはずだよな?『klavierで働く皆には、結婚してもキャリアを失って欲しくないし、子どもを産んでも働けるような職場にするから』って。愛美の成長を見守りながら職場復帰したいって、素直に俺に相談しろよ!」 「でも」「何を迷うんだよ?俺が元夫だからか?俺はお前の上司でもあるんだぜ?不安に思う部分があるのなら、何故相談しないんだよ!お前の不安が、結果的に、紅緒を苦しめているって気がついていないのか?」 私が・・・紅緒を苦しめてる・・・白雅の言葉を頭で何度も反芻させる!「紅緒を、苦しめているのは、私なの?」「そうだよ!男ってさ、プライドの高い生き物だから、給料が低いとか、生活費が足りないとか、女から言われたくないもんだ。自分が養っているっていう気持ちが強いからな」 「お前のことだから、生活費足りなかった時には、貯蓄切り崩してなんとかやっていたんだろう。でもそろそろそれも限界じゃないの?お前が溜めていた貯蓄の金額、知っているんだからさ、旦那だったんだから。日本での出産費で50万掛かっていただろ?それすらも、俺から金受け取らなかったじゃん!」 私は彼の言葉に反論出来ない。正論過ぎて、言い返せない。抱いていた愛美を下ろすと、よたよたと危なっかしい足どりで歩き出す。呆然とその様子を見守る。 「お前がklavierに復帰すれば、黄麻だって助かるし、紅緒だって少し気持ち的に楽になるだろう?お前だって、愛美に我慢させていた、おもちゃの一つでも買ってやれるだろ?保育園に入るまでの間、klavierに愛美を連れて来たらいい。みんながいるんだ、お前の手が離せない時には、誰か見ててくれるさ!」 「知ってたんだ、愛美におもちゃ買ってあげていなかったの。駄目だね、母親として」 「そんなことないさ。黄麻のところから、子どものおもちゃもらっていたし、何よりおまえ自身で、手作りのおもちゃ作ってやっていたじゃん。いい母親だと思ったよ」 いい母親か、本当にそうなのかな?自信が無い。母親なんて誰からも評価されないんだもの、やって当たり前、出来て当たり前。しんどくても育児は休めないのだから。心が重い。 彼がいなくなった部屋は、がらんとして無機質な空間に感じる。愛美の写真がたくさん飾ってある、窓辺でさえも。今日もあの部屋に愛美を連れて帰るんだ。曇ったようなぼんやりとした頭で考える。 「染姫?どうした?ぼんやりして」「ん・・・なんでもない、ちょっと疲れているのかも」白雅は私の顔を覗き込んで、額に手を当てた。「お前、熱あるんじゃないのか?顔が赤いぞ!」 「平気だよ、なんでもないから。もう帰る。夕飯作らないと」「ちょっちょっと待てっ!!お前マジ熱あるってっ!!眼がうつろだってっ!!」白雅の声がズキンと頭に響く。「大きな声・・・出さないで、愛美が驚くから・・・」確かに眩暈はするかも、でも、紅緒の部屋に帰らなきゃ。「愛美、帰ろう」歩きかけた足がふらつく。 「おい、無理すんなよ!」彼が私を抱きとめていた。ぐるぐると頭が回るよう。風邪、引いちゃったのかな、私。久しぶりの温もりは心地良くて、紅緒に抱き締められていた時を想い出す。「紅緒・・・逢いたいな・・・」小さく呟いて眼を閉じた。 ダンシング・オン・ザ・ウォーター番外編 後悔へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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