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カテゴリ:ダンシング・オン・ザ・ウォーター
「紅緒・・・」小さな声で寝言を言う。時折額のタオルを取替えながら、ベットの側にイスを置いて彼女を見守っていた。今お前の心の中にいるのは、あいつなんだな。良かったじゃん紅緒。お前の願いが叶って。ま、元旦那としては複雑だけど。懐かない愛美を、何とか甘いもので釣って、風呂に入れ寝かしつけた。一人で育てる、彼女の大変さが解った気がする。
早く一緒になっちまえよ、染姫。なんもかんも、一人でやるのはしんどいだろうよ。klavierに愛美を、連れて来ていいとは言ったものの、幼児には、危険なものばかり工房には置いてあると、言った後に気が付いた。馬鹿だな、早く気が付けよな、俺。 染姫を日本に行かせたら、こちらでの経理は誰がやるか?俺・・・だろうな、やっぱり。その為に従業員を入れるのは不安だ。金に関する部分は、余程信用がおけないと無理だろう。他人にやらせるくらいなら、自分でやった方がいい。 日本での保育園の手続きは、エリザに動いてもらうか。染姫、お前が側にいるとさ、紅緒の代わりに抱き締めてしまいそうになる。結構辛いんだぜ、お前は俺の中で、女の一番のままなんだから。見つめていたら一瞬顔を顰めて、ゆっくりと瞼が開かれる。 「白雅・・・」「気がついたか、気分はどうだ?」「体がだるい・・・愛美は・・・」 「何とか寝かしつけたよ、飲み物持ってくる、待ってろ」頷いたのを見てベットから離れた。今日は寝られそうにないな。まあ、たまにはいいだろう。誰かが側にいるのって悪くない。 冷蔵庫から、買い置きしておいたアクエリを取り出して、ベットルームに引き返す。染姫はぼんやりした表情で、上体を起こし座っていた。「起きて大丈夫なのかよ?無理すんな」 「ん・・・優しいね、白雅」「俺はいつも優しいの!ほら、アクエリ。蓋、緩めてあるから気をつけろよ」 彼の行為は、初めてのときの紅緒と同じだ。少し嬉しくなってしまう。「ありがと」小さく呟いて受け取った。 「な、あいつと一緒になれよ、今日さ、愛美の面倒見ながら、つくづく、一人で子どもを見るしんどさを感じたよ。それにもし、今日俺の所に来ていなかったら、愛美、飯だって、食えてなかったかもしれないんだぜ?」悲しそうに項垂れる彼女。言葉を続ける。 「非難しているわけじゃないんだ、ただ、今後こういった事態、起きないとも限らないだろ?素直になれって!お前は女なんだからな。誰かに甘えたり、縋ったりしていいんだよ!その為に男って存在がいるんだ」 「紅緒はお前に頼って欲しいんだよ、現にあいつ、お前と付き合いだしてから、凄く変わった。公私共に充実しているって感じでさ、頼もしくなったよ。だから俺は、あいつに銀座店の打診したんだからさ」 「解ってる。白雅、そんなに一緒にさせたいの?紅緒と。klavierの経理を、任せてくれるんじゃなかったの?」「よくよく考えたら、愛美に危険な場所だからさ、工房は。スタッフルームで見ることも考えたけど、あそこは重要な書類も多いし、いたずらでもされたら困っちまうからな」 「そんな言い方酷いよ!愛美が、いたずらする前提で話すなんて!」 「じゃあ、やられない保障あるのか?1歳といえば、好奇心の塊みたいな時期だぜ?もしも、契約書にでも何かされたらどうすんだよ!お前責任取れるのか?」黙り込む彼女。厳しくても言わなくちゃならないだろ、染姫。そうしないとお前は、ずっと迷いを断ち切れないままなんだから。 「白雅っていつもそう!正論ばかり振りかざして、私の反論を封じ込める!そんなに次々と、畳み掛けるように言わなくたっていいじゃない!」感情が高ぶって涙が頬を伝う!「私は此処が好き!人は親切だし、愛美がお腹にいたときから年配の人から、励ましの言葉を掛けてくれたり、バスに乗っても、席を譲ってくれたり、皆温かい人ばかり!」 「でも今の日本はどうなの?産んだばかりの愛美を抱えて、散歩をしたって、誰も声すら掛けないんだよ!世間から・・・わっ私は・・疎外されてしまったみたいで・・・すっごく寂しくって・・・孤独・・になっちゃうっ!!貴方に私の苦しさも、寂しさだって全く解っていないくせにっ!!それでも貴方は、彼を追って日本に行けって言うの?」 「染姫、どうしたんだよ!そんなに大きい声出したら、愛美が起きるだろ!」「いいもんっ!!起きたってっ!!白雅なんかに、母親の気持ちなんか解るはずないっ!!」ベットから起き上がり、制止する俺を突き飛ばして、部屋から出ようとする彼女の右腕を掴む!「やだっ!!放して!!」「駄目だっ!!お前熱があるんだぞっ!!」声を上げて抵抗する、染姫の両手首をかろうじて掴んだ! 「やだっ!!放してよっ!!白雅なんて大っ嫌いっ!!」抵抗したままの、彼女の左手首を放し、右手で顎を挟み強引にくちづけた!たのむよ!落ち着いてくれっ!!ただそれだけを願いながら。 私・・・何やっているんだろう・・・紅緒・・これって、貴方への裏切りになるの?でも、今の私は、誰でもいいから温もりが欲しくて、たくさん我儘言いたくて、ただ、それだけ・・・ 涙が・・・止まらないよ・・・ 背中に回される手の感触、心地いい。唇を塞いだまま、彼女の身体を強く抱き締める。俺だってさ、泣きたいくらい、寂しさを感じる時だってある。そんな時は、誰でもいいから縋りつきたくなるんだ。染姫の寂しさ、紅緒は知っていても、俺は全く知らなかったんだな。 お前が産後、すぐに日本から戻ってきたのは、寂しさに耐えられなかったからなんて、気がつきもしなかった。東京行きを打診した時、心のどこかで、幸せそうな二人を引き離したいと思っていたのかもしれない。でも俺じゃ、もう染姫を受け止められないんだ! 紅緒を東京に行かせたのは、間違いだったのか? ゆっくりと唇を解放する。「こんな事させんな。お前は取り乱すと、手が付けられないんだから」止まらないままの涙を見て、強い後悔に苛まれる。俺、何でこいつを手放しちゃったんだろう。「泣くなよ、俺まで泣きそうになる」 「今泣かなかったら、いつ泣けって言うの?甘えたり、縋ったりしていいんだって言ったくせに!自分勝手な部分は相変わらずだわ!白雅の馬鹿!」 「ちょっと、そりゃないでしょ?ったく、お前ってほんと手が掛かる。まるで子どもといっしょじゃねーかっ!!」少し笑って乱暴に頭を撫でる。ったく、ほんとしょうがねえ女だよ、お前って。「それより腹、減ってないか?なんか作ってやるよ!」軽く背中を叩いて身体を解放した。 ダンシング・オン・ザ・ウォーター番外編 互いを想うへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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