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空想世界と少しの現実

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緋褪色

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カテゴリ:オンナ心
「いらっしゃいませ!あ!美香さんお久しぶりですっ!!」 「皇牙君、ご無沙汰しちゃってゴメンね!元気そうだね!雅夢が辞めてから全然来てなかったもん、薄情で本当にゴメン!」

美香さんはちょっぴり舌を出してウインクを投げかける。彼女にこの仕草をされると、ホスト達皆、何も言えなくなってしまう。だって、一晩で100万以上の金をキャッシュで払う客なんてそういない。不況の煽りを受けて、毎月の売り上げも下がっていると、鳳オーナーは言っていたし。

この業界にしては珍しく、比較的従業員同士の仲は良いみたいで、雅夢さんの抜けた後も若いナンバー2、3が協力しながら新規客を開拓し、そこそこ経営的には安定している状態。オーナーも元女優という肩書きをフルに使って、昔の芸能事務所の熟年女優仲間を、客として連れて来る。

オーナー自ら頑張っているんだ、俺達も客が他店に流れないように、電話、メールを使い、お客を繋ぎ止めるのに必死になっていた。どうしたら他店には無い独自性が打ち出せるか、お客に喜んで貰えるか、従業員達皆で考えたパフォーマンスも、VIP客には比較的好評を得ているようだ。

美香さんが来店した事で、従業員一同がにわかに活気付くのが判った!皆、自分が接客したいらしく、背後からは、そわそわと落ち着かない雰囲気が伝わってくる!「金井様、指名はございますか?」受付したのが俺っていうだけで、指名が他なんてよくあることだ。だから当然、彼女からの指名も期待などしていなかった。


「やーね、もちろん皇牙君よ!」ニコニコと微笑みながら答える美香さん!「えっ?あっ!!ありがとうございますっ!で、では金井様、お席にご案内致します。どうぞこちらへ」予想外の展開にどもり、ちょっとカッコ悪い俺!落胆する先輩達にぺこぺこと頭を下げつつ、花道を先に立って歩き出すと「みんな久しぶり!元気だった?」後ろからは男の花道の中を、皆に声を掛けながら歩く足音が聞こえてくる。席に着き、彼女がソファーに腰を下ろしたのを見届け、俺は床に膝をつき「失礼致します」と声を掛け、彼女の両手をそっと取った。

このVIP席の客だけにするパフォーマンスだ。美香さんを見つめると、戸惑った表情で彼女も見つめ返す。これ、初めてだし、少し?いや、大分緊張気味!何度も練習した初めての口上、どうかとちりませんように!一瞬の間に祈り静かに話し出す。

「Blue moonへようこそ!金井様。今宵、世俗に疲れた貴女の心を癒す為、僕を始め、我々従業員一同は、精一杯のサービスを致します。これから先も、蒼き月が金井様の心に寄り添い、神秘なる光が永劫の安寧を齎しますように・・・」

口上は人それぞれ。皆が真剣に考え、女性が喜びそうな言葉を紡ぐ。言い終えると、ソファーに座ったまま、少し複雑そうな表情の彼女。視線を交差させたまま、口元に微かな笑みを浮かべていた。

「男性に跪いてもらって、ロマンティックな言葉をもらう願望はあっても、現実にされちゃうと慣れないなぁ~!私って現実的過ぎるのかな?ね、照れくさいから隣に座ってもらえる?でも皇牙君、とっても素敵だったよ!」

頬を紅くして言い終え、大テレの美香さん。いつもは女王様のように振舞う彼女でも、こういったパフォーマンスは馴染めないらしい。俺はまず、とちらずに言えた事にほっとし、悟られないように溜息をついて立ち上がり、右隣に腰を下ろす。

「失礼致します。美香さんのXOボトルまだ残っていますけど、最初それいきますか?」問いに頷く。サポートで、俺の傍に立っていたベテランの徹也さんが、すぐさま厨房に走って行った。いつもは俺が走る側なのにと、なんだか申し訳ない気持ちで見送る背中。どうにも落ち着かない。真里菜さんに続き、美香さんが指名してくれるなんて、想像すらしていなかったわけだし。戸惑い気味の俺に、微笑んで話しかけてくる美香さん。


「しばらく会わないうちに皇牙君、ホストらしくなったよ!ね、さっきの、雅夢が辞めた後始めたの?」「そうなんです。この業界で生き残りたいので。お金を稼ぎたい目的の人と、この世界で登りつめたい人間と温度差はありますが、職場が無くなっては元も子もありませんし、だからお客様が喜んでくれそうな事は、何でもやってみようなんですよ!」
「それに、相変わらずお綺麗ですね、今日のお召し物もとてもよくお似合いですよ!」平凡な、口先だけの褒め言葉になっていないだろうか?言葉に気持ちを汲み取ったのだろうか?くすりと軽く笑って答える彼女。


「そう?ありがとう!ね、初めての時より褒め言葉も上達したね!髪色を変えて、益々素敵になったんじゃない?茶髪も皇牙君に良く似合っているよ!」

本当ですか!ありがとうございます!」答えたものの、それから先の美香さんとの共通の話題が無い俺。どうしよう、こうなったらもう彼も店を辞めているし、少し踏み込んで話してもいい・・よな?開店したばかりで客も少ない、他の従業員にも聞かれる心配はなさそうだし。少しの思案後、小声で聞いてみる。

「そうだ、美香さん!俺と雅夢さん、時々メールするんですよ!今の仕事楽しいし、頑張っているってメール貰いました!」
「そうだね、規則正しい生活だから、ホスト時代より楽なのかもね!」彼女は嬉しそうに微笑む。話の流れからして、今も二人は会っていると悟った。ならこの先は会話がスムーズに進むかも!ちょっとほっとする小心者の俺。
「雅夢さん器用だから、此処にいた時も、簡単な大工仕事は彼がやっていたんですよ!更衣室の棚付けとか建具の直しとかみんな。奥にあるバーの棚の増築とかもやっていましたよ。なにせあだ名は、大工のマーサでしたからねぇ~!」VIP席と反対側のバーを指し示すと、美香さんはソファーから少し立ち上がり、楽しそうに言う!


「やっだっ!!何それっ!!初耳だよっ!!ホストなのに、あだ名が大工のマーサなんておもしろーいっ!!」 。゚(゚ノ∀`゚)゚。ァヒャヒャ初めて聞く話だったんだ、美香さんは本当に嬉しそうに笑った。けど、その笑顔がすぐさま真顔に戻り問いかける。「ね、皇牙君、彼から、雅夢からどこまで聞いているの?」探るような瞳での問いかけ。怯えの混ざる真っ直ぐな視線は、彼女の不安を物語っているみたい。此処で美香さんが一度も見せた事のない表情に戸惑いを抱く。けどそんな感情さえ客に悟られちゃいけないよな。

努めて冷静に答える。「え?僕も仕事以外では何も。雅夢さんって此処にいる時から、自身のプライベートを全く話さない人だったんですよ!仕事以外で個人的にメール交換をするのって、多分俺だけじゃないのかな?」
「ん・・・そっか、そう・なんだぁ・・」「はい」答えると俯いて言葉を待つ。暫し無言の思案後、静かに話し出す声に耳を傾けた。

「実はね・・・」彼女は俺の左耳に口元を近づけて、こっそりと小声で話しだした。「えっ!!本当ですかっ!!いっいつの間にっ!!」聞き終えて発する声に、美香さんは俺の口を慌てたように素早く押さえる!「あっ!!ごっごめんなさいっ!」だって、この二人が結婚したなんて!驚きより、衝撃に近いかも??心臓がバクバクいってるしっ!!ヾ(;´Д`●)ノぁゎゎ

俺の中では、水商売で働く人間と普通の社会人が恋に落ちるって、どこか奇跡のように思え、想いを寄せてくれる真里菜さんの気持ちですら、深く信じられずにいたのに。二人は様々な事情を乗り越えた末に、結ばれたのだろうか。

戸惑った表情が出ていたんだろう。美香さんは悟ったみたいで、ほんの一瞬だけど辛そうに表情を曇らせた。いけない!何やってんだよ!きっと彼らは、俺が感じる以上の気持ちを常に抱いていたに違いない!どうか正直な心が伝わりますようにと祈りながら、申し訳ない気持ちで間を置き、静かに話し出した。

「美香さん、気分を害してしまったなら本当にすいません。僕はこの職業好きだし、辞めるつもりもないんです。言い訳になってしまうけれど、大好きだったおばあちゃんから『水商売の人間になるな』って言われたからかな、理由も解らずに常に引け目を感じていたんです」俯き加減の彼女は黙ったまま少し頷く。

「けれど、この世界で働き始めて、こんなにやりがいのある仕事って無いんじゃないかなって、今、本心から思ってます。世間体的にはよくないのかもですが、働いている自身が誇りを持っているんです、此処は最高の職場なんですよ!」

「社会で出せない本音、家庭で吐き出すことも許されない気持ちを、僕達は聞く側です。時にお酒の力を借りて、苦しい気持ちを吐き出して、楽になりたいって思うのが人ですもの。その上でホストと客との垣根を越え、純粋に恋に落ちる事だっていくらだってありますよ」彼女は言葉に顔を上げた。
少し、身を乗り出すようにして俺の瞳の奥を覗く美香さん!言葉に偽りが無いか探る視線。逸らせないくらい真剣な眼差しに、更なる本音で答えなきゃと思う!


「皇牙君、ほんと?本当にそう思う?」自信無さげな彼女の戸惑いを含めた問いは掠れていて、いつも自信に満ちていた美香さんとは別人のように感じられる。微笑んで言う。「もちろんですよ!今の僕なら言い切れます!」だって、俺も現在進行形で、想いを寄せたままの真里菜さんが心にいるのだから。視線を落とし、暫しの間を置き静かな声で話始めた。
「・・そぅ・・か・・そう・だよね?・・ありがとう!ずっとね、もやもやした気持ちを抱えてたんだ。引っかかっていた部分が、今の皇牙君の言葉ですっきりしちゃった!よーし、もう、今日はいっぱい飲んじゃお~!皇牙君、今晩はとことんまで付き合ってね!」

美香さんは瞳を潤ませたまま、けれどそれ以上の感情を出すことなく、努めて明るく笑い掛ける彼女。笑っているけれど心の底からの笑顔じゃないみたいだ。初めて会った日より痩せた体、それは素人の俺にだって、何かしらの異変が彼女の体内で起きていると判ってしまう。
でも本人が言わない以上触れる部分じゃない。美香さんが今日一日を楽しく過ごす事を望むなら、プロとしてとことん付き合おう。今からの自分はホストに徹しなくちゃと覚悟を決めた。

「もちろんです!美香さんが望むなら喜んでお付き合いしますよ!」
「ほんとに?ありがと~!」秘密を吐き出しほっとしたのか、無邪気に答える美香さんは少女のような屈託の無い微笑。大人なのに可愛らしくて。その表情のままでいつづけて欲しいと願いながら、徹也さんが持ってきてくれたXOにそっと手を掛けた。






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Last updated  2009/09/04 09:58:06 PM
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