soul-eye

一時間余りの車中。
俺はよっちゃんに細谷十太夫の基本的な話をしなければならなかった。
「一緒に観にいったシェイクスピアカンパニーがあるだろ。あれの脚本な、今回は俺も協力しているんだ」
「それは聞いた」
「すまん。で、なぜ奥州幕末の破無礼で細谷十太夫かと言うとだ」
「というか、全然知らない人だぞ。誰だ」
「すまんすまん。彼はな、戊辰の役の時に鴉組というゲリラ部隊を引き連れて薩長軍を散々苦しめた仙台藩士で、それだけじゃなく榎本艦隊が石巻に停泊してここを戦場にするぞと気合が入っていた時に、『早く出て行けよ』と交渉に言った男でもあるんだよ。それもたったの５０石とりだったんだぜ。最後は４百石になったらしいけど」
「ははあ」
「ま、会社でいうと主任位なものだぜ。平社員かもな」
「で、その主任だか平社員が薩長軍や幕府軍どっちにも文句をつけたということで」
「そう」
「気に入ったわけだな」
さすがはよっちゃんだ。良く分かっている。が、
「気に入ったどころじゃない。惚れているね」
「珍しいな、そんなに気に入るなんて。でも、何でそんな人が有名じゃないんだろうな」
「本当だよな。破無礼の構想を始めた時なんか、ネットでいくら調べても僅かA4一枚位しか情報がなかったんだぜ。とういうか、そのA41枚にも満たない中で俺がどんどん想像して破無礼の中のホレイショーに活かしたんだが。破無礼にもちゃんと鴉組が出ているよ」
「なかなか活躍したじゃないか。で、またいつもの研究の虫が騒いだと」
「そういうことだ。そもそも東北の幕末って会津藩だけじゃないか。ところが俺はおかしいとずっと思っていたんだよ。伊達家100万石だぜ。しかも明治時代に第二師団だかが置かれたって事はよほど反乱が怖かった証拠だろ。そこになぜ歴史がないのだ。というか俺が知らないのだ」
「だなあ。俺達だって大槻三賢人や建部清庵の事、名前しか知らないくらいだものな」
「という事で、今回の破無礼はハムレットを翻案しつつ勝手に仙台藩の幕末の歴史を作ってやろうという事になってね。ところが調べれば調べるほどハムレットなんだよ、幕末の奥州は。ハムレットはドメスティックドラマではなくて歴史劇なんだ。東北の幕末は“to be or not to be”だ」
「でたねえ」
「鴉組ってのはさ、博徒の集まりだったんだよ。武士がすっかり負け続けてこれじゃあ埒があかんと。仙台軍が去った須賀川だかどっかの柏木屋だかっていう女郎屋にたった一人“仙台藩　細谷十太夫本陣”って看板たててさ、昔なじみのヤクザから始まって衝撃隊ってのが本当の名前なんだけど、黒装束でガンガンやるわけだな。そしてその白刃の上に鴉が舞って、戦闘が終わるとすーっと十太夫の肩にとまったという史書に書いてある文なんてそれだけでビリビリしないか」
「全くお前好みだなあ。何か俺も楽しみになってきたよ」
「ただなあ、最近絶版になっていた本をamazonで取り寄せて読んだんだけどいまひとつイメージに合わなくて。で、石巻に行けば何か感じることができるのかもしれないと思ったんだよ」
「なるほど。こんな旅行も良いな」
「なっ」