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カテゴリ:アート
f先生は関西ではそこそこ名の通った版画家。 人との馴れ合いを嫌い、どちらかと言うと一匹狼のような存在だった。 そのくせ笑うと目尻が下がり、子供のような愛らしい顔になる。 f先生に初めて会ったのは、高校3年の夏のこと。 私の絵を見て、 「君は・絵が・下手だね」 と、それだけを言った。 その後は、会えば会釈を交わす程度の関係だった。 数年後、 「君はおもろいやっちゃなぁ」ということから、 手紙のやりとりをするようになった。 しばらくしてf先生は作風を変えた作品を発表した。 それまでのシニカルでストイックな面影はなく、 激しく、カラフルなものになった。 私はその作品が気に入ったので、賛辞を込めた手紙を書いた。 知人の話しによると 「lele君からこんな手紙をもらったんだ」 と、f先生はたいそう喜んでくださったらしい。 それからほどなく、体調を崩され、 美術界からは永らく引退していた。 久しぶりの個展をします、 と案内をいただいたのは、2002年の6月のこと。 この10年の間に、何度も心臓の手術をしたとのことで、 歩くのも辛そうだった。 「なんか作ってへんと悪いことばっかり考えるよって、ちょっとずつな」 と刷りためた、モノクロのリトグラフ作品。 こんなにも、無邪気に、自由で、深い作品が作れるものなのか。 年輪を重ねないと到達できない世界なんだろう。 とにかく素晴らしい作品だった。 「むずかしいこと考えんと、自由にのびのびと、観る人にそれが伝わると嬉しいんやけど」 とちょっと照れながら言ったことを、今でもよく覚えている。 その後一度個展を開き、再び音信が途絶えた。 昨日、f先生の奥様から封書が届いた。 この6月22日に他界しました、49日も終わり・・・という内容だった。 来年にはささやかな遺作展を開く予定であるとも。 ご冥福を祈りつつ、ふと思う。 「先生」と呼びながら、私は何かを教えてもらったっけ? そもそも私の作品をf先生はどう思っていたのだろう? 私があの世に行ったら、会って是非聞きたいものだ。 「君は・絵が・下手だね」と同じことを言われたら、 それはそれで嬉しい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
January 3, 2011 10:11:39 PM
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