カテゴリ:理科
子供は遊びを考える天才!ですね。本当に。
(うぇいくさんのページをトラックバックさせていただきます) そこに葉っぱが落ちていればいろんな遊びを考え出します。 だけど、これが「さぁ皆さん、ここに落ち葉があります。。」とはじめるとどうだろう?(言い方、雰囲気、環境、ですね。) 子供達はたちまち何を”させてくれる”のだろう?と受け身になってしまう。教えてしまう。与えてしまう。 それがマスとして機能する中ではある意味では欠点だと私は思っています。 そして、”遊ばせてあげる”、感じが出てしまうのはどうなの?といろんな自然体験教室を覗いて思った共通の感想です。 そんな思いをうぇいくさんに新鮮な気持ちにさせていただきました。全然教える気なんてない(笑)。すごくご自分が楽しんでいらっしゃる(笑)。 「遊びや」すごく理想的です。一緒に遊ぶ、勝手に遊べ。。いいなぁと思いました。 #私、生まれも育ちも関西なので、”あそびや~”は馴染みの言葉です 子ども達と一緒に遊ぶ、その中で子ども達は勝手にいろんなモノをもっていくだろう、と思っていました。 科学実験も同じ。実験は”させる”ことをしてしまうけど、それ以前に目、そしてその後に思考、は自分で実現してほしいと願っています。そんなところに、ちょっと勝手に共通点を見つけてしまって、日記そっちのけで書いています。 雪が降ったら、「あ!雪だ!」が合い言葉。だーっと外に飛び出したら各々に 雪を追いかけて楽しい。 雪をつかまえて楽しい。 黒い布を持って楽しい。 まるで雪やコンコンの世界ですね。 私の知っている科学教室は全てそんな感じ。 そんな?どんな? お膳立てがしてある。材料が必要分+α用意されている。 お片づけも最後までやらなくて良いんです。時間がないからだそうです。 決められた時間しかないからです。 リズムを作る意味では大切だとは思いますけどね。 どこにポイントをおいていくか、でしょうね。 科学畑にいた私(母)ができる、子育ての一端・方法を考えるのも一種の遊びでかも。 どんな遊び、実験をしようかと考えるとわくわくします。 飴をなめていても、雨が降っても使える、使える、と楽しくなります。 遊びに行く場所ももっともっと開拓したいな~ せめて、小さな子が「空気?酸素と二酸化炭素の集まりだよ」なんて答えるような教室にはしたくないな~ ■やりたいことのために・・・ 他の教室を体験。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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