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カテゴリ:不思議
卵型になりかけの天体 posted by (C)nemochin エンリケ・バリオスの『魔法の学校』を今読んでいるのだが、これが結構面白い。 ニーチェの思想と重なり合うところが多々あって、興味深く読んでいる。 神は外部に存在するのではなく、それぞれの人の内部に存在する。 ニーチェが主張した如く、キリスト教ではなくキリストその人をを求めることこそが超人への道だという考えと、非常に似通っている。 時間も空間も現実には存在せず、それらは円環を成している。 すべては永劫回帰を繰り返している。 しかも我々の本体は自分だけではなく、周囲を含めあらゆる場所に存在している。 あらゆる場所で、昨日の、先週の、去年の、数年先のあなたが同時に存在しているのだ。 それらが輪を成して永遠に同じ動きを繰り返している。 ニーチェは、その輪から抜け出る能力を備えた者を超人と呼んだが、これは仏教の悟りの境地に近いものだろう。 ●1、ニーチエはソクラテスから始る知性偏重主義こそが、ヨ-ロッパ2000年の歴史を築き、それにより発達した科学が将来世界破滅を導くことを憂い、「徳は知である」という命題に呪縛された人々を解放する必要があると考えた。 彼の論理は、ソクラテスはプラトンという高級詐欺師が作り上げた作品---虚像であるとし、知性偏重主義に陥っていた同時代人の知的基盤である立脚点を破壊する。 ●2、次ぎに彼は、存在の根源の探求の為に、キリスト教を否定する必要性を実感した。 これは、十字架の上で死んだ単なる人間にすぎないキリストを、パウロがまさにプラトン的演出によって、選民意識(弱者の怨念)を内包した弱者の象徴的神=作品として作り上げた者に過ぎないと考えた。 この本質は世俗化されたプラトン主義にすぎず、そこからキリスト教的奴隷道徳が生まれてくることを明瞭にし、人々の心的基盤をも破壊したのだ。 このアンチキリストの視点の基盤となるものは、第一にキリスト教が<此岸>から<彼岸>に人間の生の重心を移行させてしまい、この信仰が現在の生を無意味化し、生を充実させる人々の努力の否定となること。 第二に神の前での平等という考え方は、人間が本来有する<偉大者>と<大衆>の間の<距離のパトス>(位階)の否定につながるという人間の特権の無視にあった。 この二つの現象の否定の目的は、人間を規定していた価値観から人間を解放することで、自らが無規定性の闇の中で人生を真摯に考え、己の可能な力、充実した生命力を蘇らすという<ディオニュソス的意識>=<生の根源に潜む懊悩する意志>を喚起することにあった。 これらは当時の虚飾の繁栄に酔いつぶれる人々に対する激しいアンチテーゼであったのだ。 単純化してみよう。 まず<プラトン>と<ソクラテス>の関係=<パウロ>と<キリスト>の関係。 つまり<製作者>と<作品>という図式が成立する。 次にこのふたつの関係を否定することで、最高の価値が価値を失するという価値の転換が生じる。 ここに、至高の価値がその価値を剥奪され、一般人の地平まで転落することから権威の失墜に伴い<ニヒリズム>が生じる訳だ。 この<ニヒリズム>は2側面をもつ。 精神の上昇・成長としての<能動的ニヒリズム>と疲労衰弱した<受動的ニヒリズム>である。 前者は、絶対的価値の否定を乗り越え、新たな価値を創出する為に、積極的に人生に働きかけるものであり、ニーチェが求めたものである。 後者は、キリスト教や仏教のように既存の価値に呪縛されたものと考えられた。 また、ニーチェは人々は目標も意味も見出せない日常に埋没し、無への終局も持たない、ただ不可避的に回帰する虚無の車輪の中に囚われた存在であると考えた。 ここに存在が無規定の闇の中で無意味に繰返される日常に蹂躙される<ニヒリズム>の極限的形式<永遠回帰>が生まれるのだ。 すなわち無(無意味なもの)が円環の中で永遠に悪魔的循環を繰返す。 この循環を断絶する為に彼は、実存的な自己超越性の具象化として<超人>の概念を生み出すのだ。 ここで彼は、人間は神の前で平等であるというキリスト教的道徳観にとどまるのではなく、より高次の自己と単独者の倫理を創造していくことが必要であると考える。 そして<超人>と呼ばれる新しい人間の理想像に近づくことこそが、神なき世界を生きる人間の本質的姿であると見なしたのだ。 彼は、この<超人>に近づく為には、人間はキリスト教の<隣人愛>に対立する概念として彼により生み出された概念である<遠人愛>に立脚する必要があると説いた。 隣人に向ける愛よりもまだ誕生しない遠人に向けた愛の方が、遥かに偉大だという彼の考えは、未来に愛の視座を投げかけて現代を照射する、より深い人類に対する愛と呼べるだろう。 人々は<遠人愛>に立脚し自己超克へ向けての日々飽くことなき闘いにより、いつか<超人>を生む。 例え本人が<超人>にはなれずとも<超人>の親となることは、可能かもしれない。 この考えの根底に横たわる思想は、人類に対する深い慈悲と愛。そして現実を客観的に見据える鋭い視点が中枢を成す。 ニーチェは天才特有の鋭い直感力で、当時の時代の病理を見抜いていた。 だからこそ彼の真摯に生と向かい合う姿勢は、彼を時代から隔離せざるを得なかった。 まず彼は拝火教の教祖、ゾロアスターを地の底から呼び覚まし蘇らせ、同時代人から超然とした地点に立脚した。そして絶対的な孤独の中で遠く幻視の世界を漂泊しながらも「時代という怪物」と闘かい、ゾロアスターに語らせることで自らの思想を表現した。 しかし彼は、長い間孤独の深淵を覗き込んでいるうちに、反対にその深淵に魅入られてしまった。 彼の精神は、こなごなに破壊されたのだ。 こうしてみれば、彼こそがまさに噴火獣ーーー(破壊者)であったことは間違いないだろう。 */*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/* 深い地の底から垂直軸にそって湧き起こる声が、虚空に木霊する。 「おお、ツァラトゥストラよ。知恵の石、石弓の石、星の破壊者よ。 おまえ自身をおまえはこれ程高く投げ上げたーーーしかし投げ上げられた石は全てーーー落ちざるを得ないのだ。」 ■参考文献:「ニーチェ全集」新潮社 ●Let's turn on the light. ●形而上学的作品 では。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jan 28, 2014 09:19:20 AM
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