田舎の葬式に出て思うこと
昨日、一昨日と祖母の葬儀の為に、新潟県上越市に行ってきました。●初め新幹線で行くつもりでいました。新富士駅から直江津まで片道14,310円です。ところが、車では、甲府南ICから上越ICまで高速料金は5,450円です。車の方が格別に安いです。所要時間はほぼ同じだけれど。経済効率とエネルギー効率が逆転しています。→ 高速道路建設について社会問題になっていますが、 JRの方が大問題だと分かりました。●昨夜6時頃、葬儀が全て終わり、やっと平穏な時間が訪れました。私はそろそろ帰らなければなりませんでした。でも外は大雨。運転が不安になります。「色々ありがとうね。」そう言って、一番忙しそうにしていた叔母さんがお茶を入れてくれました。「明日からが、また大変なのよ。」村の人々が代わる代わる訪ねて来るのだとか。漬物を茶請けにお茶飲みらしいです。●田舎の人は、慶弔見舞いにとても丁寧です。”シキタリ”が重んじられるのは、その朴訥としたやさしさからの様に思えます。●「お茶を飲む」というのは、田舎らしい内面性の表現の様な気がしています。思えば故人は良く「お茶でも飲んで。」と言ってくれました。私はそんなに水分を摂取したくないと煩わしく思っていた気がします。( 「お茶を頂戴。」と頼むと、「チェッ。」と舌打ちされるより 気持ちがいいものです。 )●この二日間、私には故人から学ぶ時間がありました。集まった多くの人が故人の人柄を偲んだ事と思います。~ 人が白い灰になるまで、何を残せるか。 ~今の自分の生き方を思うと、残せるものは少ない気がします。●皮肉な事に効率を重視している生き方には、後世に伝えていけるものは乏しいと思えてきています。でも、それを変えるのは難しいです。日々、結果を求められているビジネスの中では。●何の花でしょうか?庭に白い花が咲いていました。ご存知の方、教えてください。