仕事始めから3日目。
今日あたり太田市内も大半の企業が動き始めたみたいで、朝の交通量も普段と変わらない感じがしました。「そろそろエンジンかけないとな・・・」などと通勤の車中で考えていました。
今朝は邑楽郡のある企業を訪問しました。昨年夏に採用された人工透析を受けている女性の件で。年末に「仕事が合わないので辞めたい」と相談があり、直ちに企業側と調整し、一度ご本人の話を聞いて、配置転換など検討しましょうということになっていました。ところが年明け早々、ご本人から会社の直属の上司に「辞めたい」と話をされたそうで、急展開。
本日訪問し、ご本人・企業・支援機関(私)の3者で話をしましたが、ご本人の気持ちは変わらず今週もしくは来週には退職ということになってしまいました。
検査のラインで目を酷使してドライアイになってしまったということ、目がついて行かず不良品の見落としが出てしまうこと、ベテラン従業員に厳しく注意される雰囲気の中で自分の不甲斐なさを痛感してしまうことなどが理由のようでした。
違う部署への配置転換も勧めてくださったのですが、異動後に他の従業員たちにどう思われるかが気になってしまうとのことで、お気持ちは変わりませんでした。
「就労支援」をする身としては、基本的に「長く安定した就労を続けて欲しい」と考えてしまいがちです。
しかし、今日のような場面に立ちあう際、「やめないでください」とか「もっと長く続けましょう」などという言葉は掛けられないものです。
せいぜい言えて、「あと数日考えさせていただいても良いのではないですか」くらいです。
「続けて欲しい」と言ってくださる企業と、「辞めたい」と訴える支援対象者。
その間で、支援をさせていただいている者として、どのような立ち位置に身を置くか、その都度あれこれ考えながらやっているのが実状です。
障害者雇用の促進を図っていくことと並行して、障害のある方々にも「職業選択の自由」が保障されなければなりません。
障害者雇用の受け皿が少ないからと言って、やりたくない仕事を我慢してやってくださいと言ってはいけないと思います。
しかしながら、「一つダメなら他がある」という状況にないのが障害者雇用の現状(この不況下では一般の雇用でもそうかもしれませんが)。
「辞めてしまって本当に大丈夫かな」など考えますし、ジレンマを感じてしまうことが多々あります。
ただ一つ言えることは、「働くのは私(支援者)ではなく本人(支援対象者)」ということです。
どんな仕事に就いて、続けるも辞めるも、本人の人生の一部なのです。
少し冷たい考え方かもしれません。
しかし、本人の決定を最優先することが、その方の人生を尊重するということではないでしょうか。
私のような支援をする者は主役じゃなくて、単なるきっかけ。
働く「本人」と雇う「企業」。
その関係性にそっと寄り添わせていただく、そんな感じが良いのではと思います。
長々失礼いたしました。
明日は群馬県内の同業者がはるばる私の事務所を訪ねてくれる予定です。
医療機関との連携について、意見や情報の交換ができたらと思っています。
それでは、また。