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マックの文弊録

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2009.01.21
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◇ 1月21日(水曜日); 旧師走二十六日 丙寅(ひのえ とら): 初大師

「今日誰かの心が捨てられていた」

ドキッとして見たテレビの画面に、夏目漱石の「こころ」が映っている。カバーの外れた文庫本はゴミ箱に捨てられて雨に濡れそぼっている。「あぁ可哀想に」と思ってしまう。

古本の買取と販売で有名な店のテレビコマーシャルだ。
続きは良く覚えていないが、「捨てないでお店に持ってきて下さい。そうすれば又誰かの心になれる。」そして、「あなたもお店に会いに来て下さい。」と、そんな内容だった。フォーカス甘めの、何となくパステル調の映像で、ナレーションと共にしっとりした気持ちを抱かせる。「ウムム小癪な!オヌシ中々やるじゃないか。」と思ってしまう。

僕は自他共に認める活字中毒症で、文字通り山のように本を持っていた。本を愛する気持ちは人後に落ちない。本は借りるものでなく買うものだともずっと思ってきた。だから図書館は殆ど利用することが無い。本の重さで床が抜けてはいけないと、部屋の支えを強化する改装をした位だ。それに、目を付けていた新刊は誰より先に買わないと気が済まない。東京の大きな書店は、奥付にある発行年月日より2週間ほども早く店に並べることがある。そういう本を見つけると無条件に買い込んでしまう。そして、発行日が来る前に読みきってしまう。その本が例えばミステリーだったりすると、知人に無闇と勧めて買わせる、或いは貸してあげる。そして途中まで読んだと思える頃に、結末を教えてあげるのだ。はっきり云えばイヤなヤツである。
だから、僕の書棚にあったハードカバーは初版本が圧倒的多数を占めていた。

過去形で書いたのは、そういう本の殆どが今は無いからである。
昨年、ある事情で蔵書の大部分を処分せざるを得なくなった。しかし、愛書家の僕としては本を売るという決断を中々出来なかった。初版本が多いとは云っても、稀覯本というほど価値の有りそうなものは殆ど無いから、目利きがひしめく神田の古本屋街へ持っていくのはいささか気が重い。第一気持ちだけではなく何冊もの本を持ち運ぶのも重い。
そんな頃に目にしたのが冒頭のコマーシャルだったのだ。

そうか、この本たちも僕の書棚で退蔵されているだけでなく、あの店に持って行けば誰かの「こころ」にはならないまでも、何がしかの心の糧にはなってくれるかもしれないのだ。そう思ったら気分が晴れて早速連絡をしてみた。
件の店はある程度以上の量になると、家まで出張して買い取ってくれる。これも中々良心的じゃないか。

家に来てくれたのは、未だせいぜい30歳台くらいのお兄ちゃんである。このお兄ちゃんは、雰囲気からして読書家でも愛書家でもない。僕が書棚から取り出したり、以前から箱詰めにしてあった本を、手際よくどんどん持参の専用箱に詰めては、下に停めたワゴン車に積み込んでいく。
その様子は、どう見ても「誰かの心を預かっていく」というものではない。
僕にしてみれば、一冊一冊にそれなりの思い入れや思い出がある。まるで、教師が卒業していく生徒を送り出すようなしんみりした気分なのに。

大方搬出が済んだ頃に、買い取る際の値段の付け方を聞いてみた。
そうしたら、「本の状態で決まります。」とそっけない。「初版本とか、全部揃っている全集だとかは、それなりの評価があるんじゃないの?」と聞いても、「いえ、ウチの場合は本の状態だけで査定するのが方針です。」とおっしゃる。
そりゃ心じゃないだろう。見かけだけでの判断じゃないか。
そう思ったけれどもう遅い。プラスチックのケースに詰められていく本たちが急に不憫に思えてきた。

専門書やどうしても手許に置いておきたい本を残して結局数百冊以上の本が身売りをしていった。量が多かったため、買い取り代金は店に戻って査定してから払います。査定が終わったら連絡します。という事になった。この店は本だけでなく、ゲームソフトやDVD、CDなども引き取るというので、同じ機会にクラシックのCDや、昔カラオケの練習をするために買ったCDも一部買い取ってもらった。

何時間かして連絡が入り、振り込みますと云われたが、電車で行っても一駅の距離だし、取りに行くことにした。つい先ほどまで我がものだった本たちの行く末を、この眼で見たかったこともある。
結果は拍子抜けするほどの値段だった。要するに「一山幾ら」という程度の値段なのだ。一つ一つの本の中身には、遥かな価値が秘められているはずなのに、その辺は致し方ないとはいえ全く考慮されていない。

買い取った明細を渡してくれるのでそれをツラツラ見ると、書物の方は文庫本何冊で幾ら、単行本何冊で幾らと、十把一絡げでしか書いてない。それに対してCDの方はもう少し細かく出ている。情けなかったのは、クラシックのCDより、演歌のCDの方が遥かに高い値段がついていたことだ。バッハの「音楽の捧げもの」より都はるみのアルバムの方が5倍も高く買い取られているのだ。都はるみには悪いけれど、これは理不尽というものではないか。文明や文化に対する侮辱ではないか。

この店は書物をジャンル別に、作家名の五十音順に並べている。それは買う側にとっては親切だと云える。ざっと見たところ本の状態で値段が大きく左右されているのは勿論だが、概ねその本が刊行された日付を遡るにつれて廉くなっていくようだ。これだと何年も前の初版本なんて価値は無いな。
書棚に並んでいるのは圧倒的に漫画本が多く、次いで文庫本が多い。

中に「105円コーナー」と言うのがあって、其処に並んでいる本は全て一冊105円だ。文庫本だけではない。単行本にも「105円モノ」が、それも数多くあるのだ。
こういうのを著者が目にするとどういう気持ちがするのだろうか。情けなくも索漠とした思いで涙が出るのか、それとも「多くの人に読んでもらえるのだから105円でも幸せ」と思うのだろうか。

捨てられていた「誰かのこころ」は従って、「105円のこころ」だという事になる。
いや、あれは雨に濡れていたから、「買取対象外」といって、結局捨てられてしまうのだろう。


このお店、最近は方々に出店している様子だが、たまたま出かけた先で、気楽に読める、しかし新刊本として買うには勿体ない小説を探そうとインターネットで検索してみたら、東京23区では千代田区と中央区には一軒も無いことを発見した。





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最終更新日  2009.01.22 17:27:52
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