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マックの文弊録

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2010.08.19
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☆ 8月19日(木曜日) 旧七月十日 辛丑(かのと うし) 仏滅:

【夜間飛行 - 承前】
サンテグジュペリの「夜間飛行」を読んだ。
最後にこの物語を読んだのは、大学の研究室にいた時分だと記憶するから、もう40年ほども昔のことになる。当時は辞書を引き引きフランス語で読んだと思う(と、ちょっとカッコつけさせてください)。私は大学では物理学を専攻したが、第二外国語は生来のへそ曲がりもあって、当時の「常識」に反してフランス語を選択した。物理学を専攻する者はドイツ語を選択するのが当たり前だったのだ。しかし、当時の物理学の中心はもうアメリカに移っていたし、「ドイツ語なんか馬のしゃべる言葉だ」と、誰かの言葉に影響されてもいた(それが誰の言葉だったかは忘れてしまった)。それに何より、フランス語は数学科の学生と同じクラスで、数学科には数は少なかったが女学生がいたのだ。

そうして読んだ「夜間飛行」だったが、端正なフランス語と、無駄なく刈り込まれた文章は、フランス語の初心者の入り口に突っ立っているような私にもしっかり響いてきて、大いに感動させられたことを覚えている。

最近書店に行って、光文社から「光文社古典新訳文庫」というのが発行されているのを見つけた。その中に「夜間飛行」があって、研究室時代の感動を思い出して懐かしさが募り、買ってきて読んだのだ。無論今度は日本語であってフランス語ではない。

「夜間飛行」は1920年ころの南米を舞台にした、郵便輸送に携わる飛行機の物語である。
第一次大戦が終わって、飛行機は急速に進歩しつつあったが、その頃の飛行機は、有視界飛行のみで、陽のある中しか飛ばなかった(飛べなかった)。せいぜい払暁に飛行場を飛び立ち、薄暮の終わるまでに着陸するのがやっとだった。許認可をする役所のほうも、夜間の飛行は危険だからと禁じていたそうだ。それを、夜間にも飛行させるようにして、船や鉄道など他の物資輸送手段に対して優位に立とうとした企業が萌芽しつつあったのだ。

あの頃の飛行機そういう企業の一つが拠点を置くブエノスアイレスの飛行場に、その晩チリ、パラグイアイ、そしてパタゴニアから三機の郵便機が、集荷した郵便物を貨物室に積み込んで飛んでくることになっている。その晩の南アメリカ一帯は晴れ渡った良い天気で、恐らくは三機とも順調に飛行し、無事にブエノスアイレスにたどり着くことが出来ると思われていた。ブエノスアイレスでは積荷の郵便物を別の飛行機に積み替え、今度は欧州に向けて飛び立つ予定なのだ。

ところが、夜が更けるにつれアンデス山脈からパタゴニア地方一帯に大規模な嵐が襲ってくる。当時の気象予報の力では予測もできなかった嵐だ。他の二機は何とか無事ブエノスアイレスにたどりついたが、パタゴニアから飛んでくるはずの、ファビアンという操縦士と通信士を乗せた飛行機だけが遅れている。

当時の飛行機は、今の軽飛行機程度の大きさしかない。その飛行機に操縦士と通信士が二人で乗り込む。操縦士と通信士の間はメモを書いた紙を渡すか、肩を叩いたり身振りでのやり取りしか出来ない。
無論レーダーなどは未だないし、GPSが発明されるのははるか後のことだ。地上の要所ゝにも航空標識などはない。自分が正しい航路に乗っているかどうかは、積んであるジャイロだけで推測するしかない。後は地上の特徴を目視して自らの位置を修整するのと、地上との交信だけが頼りだ。
地上にまばらに配置された通信基地と飛行機との交信は、短波無線によるモールス信号だ。地上からの気象報告も同様である。従って飛行機の行く先にどんな天候が待ち構えているかも、正確に分かるとはいえない。嵐が雷雲を伴っていれば、空電の影響で通信は途絶する。
しかも夜だ。晴れていれば見えるかもしれない地上の町の明かりも、天候が悪ければ見えない。嵐に翻弄されば方角は勿論のこと上下の感覚すら覚束なくなる。
当時の夜間飛行というのはそういうものだったのだ。

ファビアンの操縦する飛行機は、休憩に降りたサンフリンからブエノスアイレスに北上する途中で、嵐に巻き込まれてしまう。
そして、悪戦苦闘の末、雲の切れ間から束の間見えた星の光に魅せられたように上昇する。やがて飛行機は雲の上出るが、そこは月の光に照らされた嘘のように静謐な空間だった。
この辺は、宮崎駿のアニメ「紅の豚」の中にも似たシーンがある。空中戦に疲労しきった操縦士は、知らぬ内に厚く垂れ込めた雲の上に出ている。雲の上は晴れ渡り爽やかなまでの青空だ。そこでは多数の小さな点が集まり、一条の光の筋を為してはるかな高空を流れていた。それらの点一つ一つは、空中戦で命を落とした操縦士の乗る飛行機なのだ。「紅の豚」の操縦士はそれに気づき、思わず自分も光の筋に合流したい気持ちに誘われるが、何とか機首を下げて再び雲の中に降りていく。

ファビアンの飛行機の燃料も程なくもう底をつく。銀色の月の光に照らされた雲の海の上、この上なく平和で静謐な世界に留まりたい気持ちを無理やり押し殺し、再び嵐のただ中に降りていく。彼を待つ者たちの待つ地上に、帰り着く戦いを再開しなければならない。
やがてファビアンの郵便機は、「降下中。雲に入る・・・・」、「・・・・なにも見えない・・・・」という不明瞭な通信を地上に遺したまま、消息を絶つのだ。





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最終更新日  2010.08.20 13:35:36
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