カテゴリ:路傍の観察
【2011年辛卯 3月5日 旧 二月朔日 己未(つちのと ひつじ) 友引:】
今日は新月。旧暦では月が改まって二月に入る。 今日はお天気もよく、これから暖かくなりそうだから、外へ出て新月を眺め、新たに始まる旧暦二月を寿ぐことにしよう!・・・・・なんて、ね。 ところで、先日ひな祭りの由来を書いていて、永年の疑問がまた出てきた。 「エスカレータに乗るとき、関東では左側に、関西では右側に立つのは何故か?」 エスカレータでは東京は左側に立つ。見ていると皆律儀に左側に一列に立っている。階段のように歩いて昇っていくのは東京では右側に決まっている。 しかし「うれしいひな祭り」で書いたように、日本の古式では高位の者は左側に位置する。そうすると東京のエスカレータでは人々は古式に則って立ち、大阪など関西では「現代風」に右に立つ? 普通に考えると、誇り高い(だろうと思う)関西人は、エスカレータに立つ際でも、「わいの方が偉いんやで」と左側に立ちそうなものだが・・・・ それで思い出したことがある。 人間は他人(未知の人や不特定多数の人々)に混じったり、障害物などに遭遇する時には自然に左側を防ぐ場所に位置しようとする。これは、心臓のある左側を無意識に防御しようとしているのだそうだ。 それで、陸上のトラック競技などでは、左側が内側になるよう左回りにコースが設定されている。オープントラックの場合は、早い走者はどんどん左側、つまり内側に人の居ない位置を占めるようになる(無論その方が短距離を走ることにもなる)というのだ。 そう考えると、内裏雛の男のほうが、高位者として左に位置するというのは、心臓のある左側には相手を置かず自然と防御の姿勢をとっているということになるのかもしれない。何しろ昔の、特に権力階級においては、結婚も男女の愛によるものではなく、政略的な色彩が強かったそうだ。だから妻となる女性もひょっとしたら実家に色々内通する諜者の疑いもあるし、更には刺客かもしれない。だから・・・・? そうなると洋風(現代風)の場合には、そういう警戒心が緩んだ結果だということになるか? 但し、同じトラック競技であっても、競馬の場合には右回りの場合もある。これは、競馬場によって違うのだそうだ。馬の心臓は左寄りではないのだろうか? 因みに東京競馬場(府中)のコースは左回りで、中山競馬場や京都競馬場、阪神競馬場は右回りだそうだ。・・・・フム 競馬場の話はさておき、エスカレータの左右の話に戻ると、左側に立つ東京は「専守防衛」の心理が働いてのことかもしれない。それじゃぁ大阪は? 大阪は「利き腕で相手をどつき易い」ように右側に立つ。 エスカレータのような幅の狭い場所では、右側に立った方が右手での攻撃はし易い。これは私自身昨日試してみたから確かだ。(実際に攻撃はしていませんので念のため。あくまでも試してみただけです。) それにしても、この「立ち止まり客と歩行客がエスカレータ上では左右に分かれる」という風習、いつごろから始まったのだろう? 私の記憶では日本の経済成長が鈍化した頃からではなかったかという気がする。高度成長時代は、人々は皆ひたすら前に向かい、常に進むことに腐心していたように思う。エスカレータでも「佇立路線」と「歩行路線」の分離など無く、皆銘々に歩いたり駆けたり、或いは立ち止まったりしていた。 それが景気減退傾向に入ってから、「まぁ、疲れるし、そんなに急いでもしゃぁないやんか。」と立ち止まるようになった。そうじゃないだろうか? それにしても、最近のエスカレータでは(東京では)右側の「歩行路線」はがらあきだ。そして左側にはエスカレータの乗り口にまで続く長い列ができている。 並んでいるのは高齢者や、大きな荷物を運んでいる人だけではない。中高生くらいの年齢の、或いは血気盛ん、元気いっぱいのはずの若者まで、延々と続く行列におとなしく並んでいる。 右側はがら空きなんだから、少しは歩いて登ればいいのにと思うのだが、「歩行路線は」気味が悪いほど人が居ない。それを見ていると、最近の日本人の覇気の無さを目の辺りにしているような気がする。 私?私は昇りは歩きますね。その代わり下りは立ち止まることでバランスをとっています。 大阪や京都、神戸など、関西ではこの点どうなんだろう? どなたか観察の結果をお知らせいただけないだろうか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.03.06 15:33:29
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