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カテゴリ:主婦ネタ
「お手を拝借」
「イヨーオ!」 タンタンタン タンタンタン タンタンタン タン 「イヨ~」 タンタンタン タンタンタン タンタンタン タン 「イヨ~」 タンタンタン タンタンタン タンタンタン タン 「ありがとうございました」 パチパチパチ(拍手) いきなり何だ! と お思いの方、すんましぇ~ん これ、ご存知の方も多いと思いますが「三本締め」ですよね。 祭りや冠婚葬祭などの式典、商談や株主総会などの終わりによく行われる「手締め」 手締め:物事が無事に終わったことを祝って、その関係者が掛け声とともにリズムを合わせて打つ手拍子。 「手打ちによって締める」が語源で、関西では「手締め」のことを「手打ち」とも言う。 あ 「手打ち」と言っても、うどんでも蕎麦でもなく、また 他人を斬り殺すことでもありません。 ということで、本日のお題 「手打ち」 尚、昨日のお題は 「犬食」←ご覧になってない方はこちらもどうぞ 手締めは地方により、そのリズムや回数、掛け声が異なります。 大きく分けて江戸締めと大阪締めに分けられ、江戸締めは全国的に広く行われ、最も基本的です。 江戸締めには一本締めと三本締めがあります。 一本締め:3回・3回・3回・1回手を打つ 「お手を拝借」 「イヨーオ」 タンタンタン タンタンタン タンタンタン タン 「ありがとうございました」パチパチパチ(拍手) 三本締め:一本締めを3回行う(冒頭参照) 一丁締め:一本締めの変形として1回だけ手を打つ一丁締めがあり、「一本締め」と混同されるが、一丁締めは略式の手締めで、混同されていることが多い。 なぜ 3回・3回・3回・1回なのか? それは、 「3+3+3=9、9を漢数字で表すと『九』となります。 『九』に点(=1)を足すと『丸』ですよね。 ここから『めでたく丸く収まりました』、『万事うまくやりましょう』という感謝や願いを込めて『3・3・3・1』拍子で手を叩くのだそうです。 さて、この「手締め」、いつ頃からはじまったのか? 神代のむかし、美保関港付近で魚釣りをしていた事代主神(ことしろぬしのかみ)という神様が、父親の大国主神(おおくにぬしのかみ)の使いに呼び立てられた。 事代主神が行くと、大国主神は自らつくり上げた国を召し上げられそうになっていた。 天上世界の天照大神(あまてらすおおみかみ)が「この国は私の子が統治する」と主張したからだ。 事代主神は父に代わり、きっぱりと返答した。 「恐れ多いことです。 この国は差し上げましょう」 そしてを打つや、乗ってきた船を柴垣(ふしがき)に変えて隠れてしまう・・・ 古事記の神話「国譲り」の一節です。 この拍手を、一般には「天の逆手(あめのさかて)」と言い、だれかを呪(のろ)うときなどに用いると解釈されているそうです。 しかし 事代主神をまつる美保神社の関係者らは、「了解、受け入れ」を意味する「手打ち」と考える。 手を打ち、物事の合点とする。 これぞ手締めの始まりではないか と・・・ 譲った相手の天照大神は神話の上では天皇の系譜につながる神様であり、物語は大和朝廷が出雲の地方勢力を傘下に治めるさまを表している といわれる。 「出雲は武力で争って勝ち負けを決するのでなく、相手を受け入れ、平和に国を譲りました。 つまり 和合・和譲がこの国の原点なのです」 美保神社の禰宜(ねぎ)、横山宏充さんはこう話す。 神話とはいえ、大きな政局を乗り越えたふるさとへの誇りがのぞく。 「だから、天の逆手が黒呪術のようなものでは物語のつじつまが合わない。 他者を迎え入れる意味をこめ、私たちは天の逆手(むかえで)、あるいは逆手(むかいで)と読んでおります」と神社の氏子会長は語る。 神社も声高には言わぬものだから、発祥地説は知る人ぞ知る、のみ。 その事代主神からどこをどうたどってか、この国には今 さまざまな形の手締めがある。 その流行、伝播(でんぱ)は、どうやら商いの力に負うところが大きそうだ。 よく耳にする「三本締め」は、東京・浅草は鷲(おおとり)神社の酉(とり)の市。 縁起物の熊手の売値と買値が折り合えば、小気味よい音とリズムで行う。(冒頭参照) 東京証券取引所の大発会、大納会も同じだ。 なにわの街に目を転じれば、大阪天満宮の天神祭で渡御(とぎょ)の講と講が行き交うときなどに交わされる「大阪締め」が有名。 「打ーちまひょ」 パンパン 「もひとつせ」 パンパン 「祝うて三度」 パパン パン 「おめでとうございますー」パチパチパチ(拍手) 特徴ある合いの手は、男衆が言えばりりしく、きれいどころならばあでやかに、その趣を変える。 江戸時代にできた堂島の米会所で、米の相場を決めるときに行われていたといわれるだけあって、商人同士のあうんの交渉をもしのばせる。 大阪天満宮の岸本政夫禰宜は「天神祭は商人が盛り上げてきた祭ですから、やはり商人の文化の影響だと思うのです」と、手締めの由来に思いをはせる。 福岡・櫛田神社の博多祇園山笠で行われる手締めも、大阪のものによく似ている。 「大阪の商人との交流で、影響を受けたと聞いております」という。 ところで、事代主神の地元、松江市で近頃流行っているのは、「だんだん締め」なる作法だ。 同市などを舞台に放送中のNHKの朝の連続テレビ小説「だんだん」の撮影現場で考案された。 一同の前途を祝福し、皆で「だんだん(ありがとう)」と2度、手をたたくそうだ。 そもそも私たちはどんなとき手をたたくのでしょう? それは「感謝、ですよ」(美保神社 横山さん) そうか。 を合わせれば、息も合うのだ。 確かに演奏会の拍手も、神社の柏手(かしわで)も、そうかもしれない。 米国式の市場経済の影響か、勝ち組やら負け組やらの言葉がやたら幅を利かせるこの時代、「譲って手を打つ」古来の合点が新鮮に聞こえぬでもない。 折しも春 出会いと別れの季節。 感謝を込め、誰かと息を合わせてを打ってみよう。 皆様のご活躍を祈念して、 ほな「大阪締め」でやらしてもらいまひょ。(急に大阪弁) では、「お手を拝借」 「打ーちまひょ」 パンパン 「もひとつせ」 パンパン 「祝うて三度」 パパン パン 「おめでとうございますー」パチパチパチ(拍手) 大学からアクセスの多い別ブログ ●別ブログ4/13の新着は「アトランティス伝説」 前回は「謎の企業 B-CAS社」 こちらも見てね お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年04月24日 21時26分54秒
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