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カテゴリ:日本を思う/日本にいる人々を思う
【8月15日・土曜日】 朝6時前に起きて、NHKのニュースで70回目の終戦記念日の模様を見ながら黙とうをささげた。夏場は時差が6時間なので、トルコの6時がちょうど日本では正午だからである。 終戦当時はまだ2歳半にもならないのに、祖母に抱かれて防空壕に避難したことや、防空壕の中に神棚や仏壇まで持ちこんであったこと、タンスの取っ手の太い雲みたいな形など、今でも思い出すことが出来る。 それに戦時中、万上みりんの工場に勤めていた母を昼頃、防空頭巾姿の叔母が頭にやはり頭巾をかぶせた赤ん坊の私をおぶって、祖母と共に授乳のために通ったこと、工場の門内にある、守衛室の畳の部屋でモンペと標準服と言う国民服的なものを来た母に抱かれ、チュッチュと乳を吸ったことまで覚えていると言うのに、どうしてこの頃、麺を茹でるために鍋を火にかけたことを忘れてしまうんだろう。 夏はこれに限る、と言う食事ナンバーワンはやっぱり、冷たく冷やした冷麦とかそうめんだろうと思うが、それらを茹でるために火にかけた鍋を既に何度も忘れ、木製の取っ手を焦がしてしまい、向かいのブラック・ウスタの木工所で働くアテッシュ・ウスタに今年ももう2回くらい取っ手を修理して貰っている。 ときどきそういう失敗をするので、裏庭へのコリドールにどんなに古木材を積み上げられようとも、実際にはマジンガーZになって暴れられないのである。 さて、6月下旬に来た娘の土産の中にも、麺類がかなり入っていたので、最近横着者になって来た私をよく分かってくれている、と思った。 それらはもう、かなり食べたり友人にもおすそわけしたのでほとんどなくなり、このそうめんはタキシム広場の中華材料店で買ったもの。揖保の糸のように極細ではないが、思ったより美味しく食べられた。 それに、普段一人で家にいるときはほとんど飲まないので、終戦記念日くらいビール1本飲んでもいいよね、と正に昼酒ながら、飲んでしまった。 日本製かどうか、よく見なかった。中華材料の店にあるものは、日本製でなくとも文句は言えない マルちゃん正麺を冷たくして食べてみました。なかなか行けます。 そうめんが朝昼兼用の食事で、夜は遅い時刻になってから拵えたマルちゃん正麺を冷麺風にして食べたものである。それに、日清ラ王の冷やし中華も来客用にまだ温存しているが、豚肉ハムを買いに行かなくてはならないので、8月中に食べられるかどうかはわからない。 アントニーナ・アウグスタ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015年08月19日 07時04分57秒
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