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カテゴリ:イスタンブールで人と会う
【1月2日・土曜日】 12月29日(火曜日)の記事 12月29日は思い切り寒い日だった。私は午後2時にカドゥキョイで、ロンドンから来たユカさんと小林正貴さんの3人で会う約束をしていたので、午後1時半カラキョイ発のカドゥキョイ行きのヴァプル(ボスポラス海峡の連絡船のうち、大型の蒸気船をいう)に乗った。 20分程度の船旅だが、鉛色の雲が張り出している空には、天気予報で幾日も前から言われているように、月末にかなりの降雪があることを予兆させるどんよりとした重苦しさが漂っていた。 カラキョイの船着き場でシミットを1個買い、カモメ達に与えてその写真を撮ろうと思ったが、いいシーンを撮るには助手の存在が必須だと言うことを思い知らされた。ちぎって投げて、カモメが食いつく頃になってカメラを取り出してももう遅いし、カメラを構えたままではシミットを千切れないからだ。 見るからに寒々しいカラキョイ埠頭の景色。帰りにはみぞれに見舞われました。 ぱんをなげるのが私だけしかいないのに、沢山のカモメがやってきます。 カドゥキョイで降りた後、エミニョニュ行きがでていくところ。沢山のお供を連れています。 次回からは昨日のパンがいい、ちょっと乾いた昨日のパンは、バラバラに崩れやすいので、袋にたくさんバラしておいて船端に吊るし、それを撒き散らしてやるのが一人二役可能な道だと分かった。 さて、カドゥキョイに着いたら、ユカさんは違う船着き場で待っていたらしく、小林正貴さんと一緒に現れた。そして私達は魚を食べようと言うことになり、カドゥキョイの魚市場の先にある食堂街に坂道を上って行った。 常の土曜日と違って、極端に寒いせいか、あまり人通りもない。1軒の店に席を取り、何種類か料理を頼むと、小林さんは用事があって3時過ぎに一足先に失礼します、と言うので、ユカさんは早速私達にロンドン土産を手渡してくれた。 小林さんの息子慶次君は今日が誕生日。つかまり立ちのあと数歩歩き、 もう、這い這いはやめて、1人でどんどん歩くようになったそうです。 イカとムール貝のフリッター、それにイワシの空揚げ、櫛形ポテトと盛りだくさん。 昨日に続き魚が食べられてラッキーと思っていたら、もっとラッキーなことが。小林さんがちょっと臨時収入がありましたから、と私達にご馳走してくれたのだった。小林さん、ありがとう。 彼が一足先に出てしまった後、私達は甘いものでも食べに行きましょう、と言うことになり、歩いている時、トゥルキャンというエスキシェヒールの友人から電話がかかってきた。 「ユミコ、あたしカドゥキョイに来たのよ、どこにいるの?」 今朝、トゥルキャンから電話が来て、午後からイスタンブールに行くので会いたい、と言うのだった。私は来客があってカドゥキョイに午後からずっと出かけていると答えたのである。もし、カドゥキョイに来られるなら私も逢いたいわ、と答えたのだった。 彼女はカメラマン嘉納愛夏さんと私が、キュタヒヤの巨匠、ストゥク・ウスタの生前、取材に行った時に、高速列車の乗車券を隣県のエスキシェヒールまで買いに行った際、知り合った女性だった。2010年10月5日だったかの話である。 それ以来折々電話では話したことがあり、知り合った日にたいそう親切にしてくれた。当時、離婚して不幸な生活にめげず、子供達2人を学校に行かせるために、ピザのバイク配達人をしながら働いていたのだった。愛夏さんと私は彼女の身の上話を聞いて大いに同情し、励ましてきたのである。 5年ちょっと前に一度出会ったきりなのに、はるばるイスタンブールに来るその日にいきなり電話をかけて来て、「今日用事がすんだら会いたいんだけどどこにいるの?」などと言うヒトがトルコ人にはたくさんいるので驚きはしないが、こちらも久々に会うなら、もうちょっと心の準備をしたいではないか。 ユカさんにも言うと、「じゃ、ご一緒にいかがですか」と気さくに言ってくれたので、船着き場まで迎えに行った。ところが心配していた空模様がとうとう堪え切れずに雨が降り出した。それもみぞれだった。 トゥルキャンも私が指定した船着き場ではないところで待っていたらしく、なかなか会えなかったが、そばを通りがかった男性に尋ねたところ、その人が彼女を私のいるところまで連れて来てくれたのでやっと会うことが出来たのだった。 これからユカさんを案内しようとしていた甘味喫茶に誘い、混雑している店でやっと席を見つけたのに、トゥルキャンは「帰りの高速列車に乗り遅れるといけないので、これで帰ります。あなたと会えただけでも幸せ、と言って、ユカさんと私に自分で作ったと言う指輪を、一つずつプレゼントしてくれたかと思うともうさっさと席を立ち、何も飲まず食わずで出て行ってしまった。 なんともはや、慌ただしいひとときだったが、これだけのために私に会いに来てくれた、と言うのはすごいことだと思った。 トゥルキャンが別れ際に、ジャーン! ユカさん。彼女はヒプノテラビーとか前世療法のワークショップを開催しました。 ユカさんと私。来年また会いましょう。 とにかく甘い、どうしても甘い、どうにもならず甘い。 甘い物屋だと分かって来たのに、注文したものがあまりに甘かったので参ったねえ、と言いながらけっこう食べつくし、余りみぞれがひどくならないうちに私は船に乗った。ユカさんはアジア側に借りたアパート・ホテルに戻った。明日はロンドンに帰るのである。 カバタシュ行きのモトールでヨーロッパ側に戻り、タクシーがいい具合につかまったのでまっすぐに家に帰った。猫達に急いで餌をやり、ずっと外にいて足元が冷えたので、パソコン机の下の足温器で温めながら室温を見ると部屋は20度あるかなしだった。 イスタンブールにすごい寒波が襲ってくる、という天気予報は当たっているなあと、この頃の気象台の予報の正確さに感じ入った夜だった。 アントニーナ・アウグスタ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016年02月01日 06時58分14秒
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