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カテゴリ:イスタンブールで人と会う
【1月2日・土曜日】 12月28日・月曜日の記事 第2ラウンド 友人の香織さんが10日ほど前からトルコに来ていて、ベルガマやアンタルヤなど歴訪し、最後にイスタンブールで2泊3日くらいいるらしく、私に会いましょう、と連絡して来てくれた。 11月の末頃のある日、彼女が、「塩魚の生食文化、というようなことを調べていますが、レスボス島やトルコのゲリボルにあるというのは確認したのですが、イスタンブールにはありますか」と私に尋ねて来たことがあった。 トルコでは、日本の刺身のようにまるっきりの生は食べないだろうが、煮たり焼いたりしていない、という意味では、塩とオリーブ油に漬けた生の魚の切り身なら食べるし、イスタンブールにもありますよ、と私は答えた。 そのオイル漬けされた魚肉の名前は「ラケルダ」と言い、もともとギリシャ語なので、ビザンティン時代からの調理法に違いないと私が言ったので、香織さんはなおさら興味を引かれた様子だった。 ラケルダにされる魚は、かつてトリッキというマグロとカツオの間くらいの立派な魚が多かったが、今は漁獲高が減って、型は小さくなるが、カツオの一種であるパラムットなどがよく使われるという。 そうした話を私から聞いていたので、香織さんは「出来ればイスティクラール通りのバルック・パザールで、ラケルダが食べられる店に連れて行って下さい」と言う。そして彼女は本日アンカラからイスタンブールに到着し、夜会うことになったのだった。 今日午前中は、七緒さんと一緒にエズギさんのプロダクションに行って、そのあと、彼女がお昼に魚料理をご馳走してくれたので、香織さんと会えばまたまた夜も魚を食べることになる。 七緒さんと別れた後、私はジハンギル・タクシーの現在のボス、アリ・カルタルさんと会う約束があったので、ジハンギルの角のエレヴァン・カフェでアリさんを待った。 石垣の上にカメラを載せてオートでセルフィー、アリさんを待つ間の一こま うちの8匹。ご飯を食べているときは殴り合いの喧嘩をしません。 アリさんは特に用事はなくて、タキシム広場を歩いている私を通りがかりに見かけたとのこと。あとでお茶でも飲まないか、と電話が来たので、家に戻る前に出会うことにしたのだ。そして30分ほど世間話をした後、家で内外の猫に餌をやってから、香織さんとの約束の場所に行ったのである。 このところ天候不順でしかも風が強く極めて寒かったが、私は約束の7時少し前、タクシーで待ち合わせたガラタサライ高校の前に行くと、何やらデモ隊が集まっていて、TOMA(高圧放水銃車)2台と機動隊員を乗せてきた簡易装甲車が見えた。そして物々しい20人以上の機動隊員が線路を塞いで待機していたのである。 香織さんも既にバルック・パザール(魚市場)の入り口に来ていたので、うちの娘の気に入りのバルック・ロカンタス(魚料理店)「オズギュン」に案内し、ラケルダその他のものを注文した。 ラケルダはどのロカンタも自分のところで作っているわけではなく、このバルック・パザール内の何軒かの魚屋がそういう自分の工場を持っていて、専門的に製造しているらしい。 パラムットのラケルダはちょうどいい塩加減で、新鮮なオリーブ油に漬けられ、とても柔らかで美味しかった。 香織さんが探していたラケルダ。私もたまに食べるが非常に美味だった。 メゼ(前菜)のうち、たこのサラダと、チロズ(イワシの油漬け) 海老ともんごうイカの海鮮サラダ。これもすぐれものだった。 7時半過ぎになる頃、ようやく客が入り始め、店内も賑わって来た。話も弾んだが、朝からずっと出歩いていたのと、足元が冷えるので寒くなってきた。 8時過ぎ、会計を頼むと香織さんはもう、私には一切払わせず、持参していた紙袋の中の品も私への土産だと言って差し出した。 「あらあら、ご馳走になってお土産まで貰っては申し訳ないわ」と言うと、「いえ、当然です。ラケルダのことが分かったのも加瀬さんのお陰ですし、お寒い中を出て来て下さってお相伴して頂き嬉しかったです。」 お土産はチョコレートの詰め合わせと、ターコイズブルーの美しい手袋だった。香織さん、どうもありがとう。 イスティクラール通りに出ると、月曜日にもかかわらず、寒さにも関わらず、人出がすごい。デモ隊はもう解散したのか、機動隊も特に動いた様子はなかった。 「また来年、会いましょうね」と私達は約束し、名残惜しく別れた。 アントニーナ・アウグスタ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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