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カテゴリ:イスタンブール日々新たなり
【5月9日・月曜日】 5月1日に歯の痛みから風船かかぼちゃのように膨れ上がった顔で、左目が開かない上に一日中歯や顔、頭がズキズキとして病んでしまった私。翌2日に診察を受け、まず顔や頭の腫れを引かせるために抗生物質の投与を始めて1週間後の今日、午後2時半の予約に合わせて、再び海を渡りアジア側ウスキュダルにある歯医者のアイシェ先生のところに治療に行った。 大酒飲みでもないのに、麻酔の効きが悪い私は、左上顎の歯茎に最初の麻酔1本では足りず、2本目の麻酔でも駄目、3本目でやっと先生が鑿とやっとこで3年前に取り付けた4本つながりの義歯を取り外すことが出来た。 私はもう死ぬ思いで、ガンガンガンとやっとこでたたかれるたび「グゥエーッ」と呻きながら手足を硬直させて耐え、先生も悪戦苦闘しながら叩き続けること10分近く。どうやら入れ歯は外れて道具置きのスタンドに載せられた。 首から背中から胸にかけて汗びっしょりとなり、今度は麻酔の切れないうちにブリッジの足となっている歯を削る作業が待っていた。口をゆすぐにしても腫れ上がった唇に感覚がないので、水を含んだ途端ザブーッと胸にこぼしてしまう始末。 いや~、そのあとがまた犬歯の中を削って虫食い部分を取り出し、周辺もきれいに削って詰め物をして10日後にまた来ることになった。 ウスキュダルのアフメットさんが昨日の日曜日の昼少し前、電話をして来て、母の日のお祝いにウスキュダル区役所経営のレストランで魚料理をご馳走してくれると言うのだが、マキコさんと先に約束してしまったので、礼を言って断った。 今日は歯医者に行く、と言ったので、治療が終わったらウスキュダルの船着き場の近くで会いましょう、という。 治療が終わったとき、かけすぎた麻酔の影響と、新たに歯を削ったので寒気がする上、脚のすくむ感じにとらわれて、すぐに街を歩くのが嫌だったので、1階の美容院で髪を切って貰い、3~40分時間を潰した。 それから船着き場に近い小さな公園から電話すると、アフメットさんはスーパーで買い物をしたらしく、ビニール袋いっぱいの品を下げて現れ、船着き場に送ってくれる前に、バルック・パザールの商店街を抜けるとき、チキンの丸焼きを買ってそれも持たせてくれた。 船着き場でもさっさと自分のイスタンブール・カードを取り出して改札口を通してくれた。カバタシュ行きのモトールに乗り、荷物が重いので海岸通りを渡ってすぐにタクシーを拾い、家に戻ってきた。 カバタシュ船着き場を目指してモトールは滑るように水上を走ります。向こうはヨーロッパ側。 猫の餌の支度をし、まだ痺れている唇や頭痛のする部分を気にしながら、チキンの丸焼きは猫に取られないように流しの下に隠し、ビニール袋の中味を冷蔵庫の中に移していると、袋の底から紙切れと100リラ札が出てきて、kedi mamasi(キャットフード)と紙切れに走り書きがあった。ありがとう、アフメットさん。 しかし、娘のV子が9年前の2007年に、イスタンブールの日本語教室で働く、とある日本の組織から派遣された先生を訪問したところ、その教室で学ぶ生徒の一人だったアフメットさんに「日本語を教えてほしい」と帰りがけに呼びとめられ、日本へ帰国の前日だったために、私の電話番号を渡し、母に頼んで下さい、と押しつけて帰ってしまって以来、足掛け10年経った。 日本語の先生を探してほしい、と言う最初の頼みが、「日本人の嫁を探してほしい」という項目も増えて、日本語の先生は「1時間個人授業で○○リラ以内」という条件に当てはまる人がおらず、嫁の方は「自分より20歳から15歳若い女性」という条件で、こちらもいまだに見つかっていない。 アフメットさんは、2008年に2週間の予定で嫁を探しに関西に上陸したことがある。上陸した、などと言うとゴジラが来たようだが、2006年当時の日本語の長浜先生や奥さん、そして東京に移動した期間はうちの娘が、3日間の休暇を返上してフォローに腐心したのだが、余りに突飛な行動が災いして、長浜先生とV子とトルコにいる私が三元放送で連絡を取り合い、突然消え失せたりするオヤジに散々振り回された。 結果、嫁のヨの字も見つからず、あまつさえ、滅多に腹を立てないV子をかんかんに怒らせたキャリアの持ち主なので、私もうんざりしてその後はときに、ビシビシ叱りながらも、長浜先生が「加瀬さん、私からのたつてのお願いです、アフメットさんを見捨てないでやって下さい、根はいい奴なんです」と言う、生徒思いの優しさに負けていまだに友達だし、確かにいい人なのだが、あっはっは~、困ったもんだ。 もちろんヨメはいまだに公募中だし、日本語もポケット辞書を持ち歩いて単語習得に必死である。単語の暗記なんて10年前から日本語を勉強している、と言う人のやることじゃないでしょ。いくらなんでも、もう少し覚えろよ~、と面と向かって言いたくなってしまいそう。 日本語を全然知らない人に、「チョック・ギュゼール」の日本語はこう言うんだ、「とても、くれいですね」などと教えたりしている。まあいいか、好きにすれば。 でも今までに紹介した中によさそうな人もいたのだが、その女性がイスラームに改宗していて、被り物をしている、という理由で断ってしまうなど、アタテュルク主義者でもあるので、うまく折り合いのつけられる女性が見つかるといいのだが・・・・ アントニーナ・アウグスタ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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