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カテゴリ:チュクルジュマ界隈のこと、または猫ばなし
【4月2日・日曜日】 トルコの週末は、深夜まで夜更かしする人々が多いので、日曜日はたいていの人が昼近くまで寝ているのが普通である。私は日曜でも朝5時半頃には起きて、トルコ時間の朝6時に始まる日本の正午のNHKニュースとそれに続くのど自慢を見る。そのあと7時から東日本大震災復興関連の番組があればそれを見る。 今日も早朝はまだ曇りがちの空模様だったが、10時過ぎになると晴れてきた。私は裏庭の画家が築かせた新しい塀が、下から見るとどのくらいの高さなのか見てみたいと思い、カメラを手にコリドール(通路)の入り口で、何気なく振り返った。相変わらず狭い通路の両方に、大工のブラック・ウスタの古材が立てかけてあってしかも誰のものか、自転車まで置いてあったのでそこを1枚写した。 コリドールを写している私の真後ろに、チュクルジュマ通りを挟んでブラック・ウスタの木工所のアトリエがあり、その上が彼の住まいの窓になっているのだが、ふと、なにやら背中に視線を感じて振り向いた。 もしかすると当人がこんな時に限ってもう起きていて、窓から私を見ているような気がした。彼が出てきたら厄介だぞと思ったが、まあ気のせいかと、そのまま行き止まりの階段を左に折れて3段上り、猫の餌場のあるところに出た。 切り石を積んだ塀は、31日の朝、セメントを置いてガラスの破片を埋め込んだのが既に乾燥している。下から見るとギザギザと鋭く、見ただけで身の毛がよだつ感じがする。 こんなものが出来たせいで、下から野良猫がスイスイとわが家の窓まで登って来られるようになると、今度はうちが困るのである。夏でも窓を開けて置かれなくなるではないか。 下から登る猫達は、端の方から登ればこのガラス片で怪我をすることなく、2階の家の泥棒よけの鉄格子や、わが家の隣の家が設置したクーラーの室外機が、下の階の家の窓のそばに取り付けてあるので、それらを足がかりにして、わが家の台所の外の物干しの腕木にやすやすと到達出来るのだった。 台所から見た新しい塀。上にガラス破片を植えた部分もすっかり乾いています。 3月27日(私の誕生日)を機に、裏の猫達に餌やりを停止して以来、 初めて来ましたが、画家さんもよくよくうんざりしていたのでしょう。 猫よりも腐ったゴミさえ捨てられる通路のの現状に嫌気がさしたかも。 近くから見てみると、尖った切っ先鋭いガラスの破片は見たからに恐ろしく、 後ろの通路は災害時の避難路にもなっているのに脱出する隙間がないのです。 ガラス破片のアップ。これで外猫が来なくなればしめたものですが・・・ 猫達はちゃんとやってくるルートを既に開拓してしまったようなのです。 ミディエ姐さんが窓からのぞいています。高い塀の影響で、これからは夏でも 閉めておく必要がありそう。みんな自分さえよければ痛くも痒くもないのよね。 わが家の台所からミディエが顔を出しているが、あの窓から野良猫がのっそりと入りこんでくることも出来るのだ。私のもくろみは功を奏さず、餌さえやらなければコリドールに猫は来なくなる、と言うわけではない。 好奇心旺盛な猫は、とくにオス猫は繁殖期になれば不眠不休でメス猫を追跡するのだから、うちにいる3匹のメスが手術済みであろうと何であろうとやってくるに違いない。 下から数枚の写真を撮って振り向いたところ、曲がり階段の踊り場で、泥棒を見つけたポリスのように勝ち誇った顔で、私を睨みつけながらブラック・ウスタが立っていた。ありゃりゃ~、や~っぱり。 「あら、ウスタ、ギュナイドゥン(おはよう)!」と言うと、それには返事をせず、私をねめ回すような目つきで「何をやっているんだ」と聞いた。もう、目がつり上がっている。 「こんな塀が出来たから写真に撮ったのよ、Facebookの話題の種に。世界中の人が見るわ」 「なに、Facebookだと。じゃあ、どうしてコリドールの入り口で俺の建材も写したんだ。」 「ウスタ、あなたもそろそろこの材料、片付けないと世界中の人に見せちゃうわよ」 「ぬぁんだとおおおおおっ!! 」 あ、しまった、怒らせるとろくなことにならないのに、余分なことを言ってしまった、とちょっと後悔したが、本心が口から出てしまった後じゃ遅いわ~。 それから彼の口をついて出てきた言葉を、ここにいちいち日本語に訳して書くには、私の日本語の悪たれ言葉の語彙が余りに少なすぎる。 「てめえが猫に20年くれ続けた餌のせいで、そのkusoを20年、まいんち、まいんち、誰が掃除してると思うんだ~!」 チュクルジュマ中に聞こえるような大声で怒声を浴びせるウスタには参るが、私もうんざりしながらもついつい太刀打ちしてしまい、いちいち言葉を返して更に怒らせてしまった。激高した彼が店のケペンク(鎧戸)を持ち上げて中に入り、私を手招いた。 「店の中に入って猫のkusoの臭いを嗅げ!」と騒いでいるのを、「そんな臭いなんかわざわざ嗅がなくたって、うちにもいっぱいいるんだからよ~く知ってるわ!」と言い返し、中に入ることを承知しないので、私に向かって怒鳴り続けるウスタの声に、またまたチュクルジュマの窓という窓に住民達が鈴なりになって高みの見物を始めた。 この人物のしつこさは誰もがうんざりするほど界隈では有名で、相手になるより逃げてしまった方が得策と、だいたいは黙ってしまうので、当人は世の中に自分ほど正論を述べられる人はほかにいない、と勘違いしているふしがある。 かれは恐ろしい形相をして「中に入れ!」と怒鳴り続けたが、私は「Hayir!(ノー)」と言い続けていた。 そのうち、嘘くさい芝居に違いないが、猫糞の悪臭に吐き気を催した、と言わんばかりに彼は「ゲッ、ゲッ」と言いながら表に飛び出してきて、嘘だからツバキくらいしか出て来ず、なおも吐きそうになっているかのように、両ひざに手を当てて体を90度に曲げ、グエグエ無理に声を出し続けて、窓々の観客の同情を買おうとするのだった。 「まったく~」と思いながら私もそばに行き、「ゲチミッシュ・オルスン、ほらねえ、だから外で話をした方がいいわよ」と慰めてやり、嘘の咳込みが止まったところで、「大丈夫よ、ウスタ、あなたの材木の話をFacebookに載せるつもりはないから」と言った。 「加瀬ハヌム、じゃ、何で俺を怒らせるようなことを言うんだい」 「だってさ、今日はあれじゃない、ビル・ニサン・シャカス(4月1日の冗談=エイプリル・フール)の日でしょう、ウスタ、あなたばっちり引っかかったね!」 「えっ、ビル・ニサン(4月1日)は昨日だぜ」 「うっそ~、昨日だったの、じゃ、今日はもう4月2日なの?」 「そうだよ、加瀬ハヌム!」 「アッラハッラー(なんてこった)、私は今日が4月1日だとばかり思ってた。あなたが本気で怒るから、すごくうまく行ったと思ったのにぃ。ごめんね、ウスタ。私もモーロクしちゃったのかもね!」 「ヤプマヤー、アッラー・アシュクナ(よせやい、後生だからそんなこと、言うなよ)、加瀬ハヌム」 彼は苦笑いして、しょうがない婆あだ、という顔をしたが、ちょっと安心したように静かになってこんなことを言い始めた。 「俺ほどの温情家は滅多にいないよ。冬は猫が寒かろうと思って店の中に入れてやっているからどうしても、汚されるんだよ。あんたが冗談でFacebookに載せて世界中に見せるなんて言うから怒ったんだ。このコリドールの材料は、倉庫を片付けて徐々にそっちに移すから、もう少し俺に時間をくれないか」 「もちろんよ。私はあなたのお母さんの友達でしょ。これからだって私達は毎日顔を合わせるんだし、ご近所同士はおたがいにたすけあわなきゃ、ねえ。ニサン・シャカスって、親しい間柄だからこそ出来るわけじゃない。そうでしょ、ウスタ」 「ペキ、アンラシュルド(よし来た、了解)」 私が右手を出すと、彼はにたっと笑い、ばっちり握手をして「ははは、ニサン・シャカスかあ~」とまんざらでもないような顔で呟きながら家に入って行った。 夕方、ゴミを捨てるため外に出たとき、店の前でウスタが、通りがかりの客に商品を説明していたので、「メルハバ~」と小声で言うと、大声で「メルハバラ~ル」と機嫌のいい返事が返ってきた。 ああ、よかった。本当はさっき「今日はニサン・シャカスでしょ」と言ったことが、私にとってはイチかバチかのニサン・シャカスだったのだが・・・まあ、もう年寄りの冷や水はやめにしておこう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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