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カテゴリ:イスタンブールで人と会う
【5月9日・火曜日】 昨日、留守にしている間に2度3度驟雨が襲ってきたため、洗濯物がその都度すっかり濡れてしまった。もちろん帰宅後、すぐに洗濯機で洗い直したが、干すかどうかは夜の星の出具合を見て決めようと思った。夜は星もきれいに出て、夜中に雷雨が戻ってくるようには見えなかったので、風もありこれなら朝までに水分が切れて、午後一番で出かける前には取り込めそうな気がした。 前日の夜に干したピケ(肌掛け布団) 久々に精進揚げを作りました。なす、ピーマン、ニンジン、平茸 ナス、ピーマン、ニンジン、平茸、ねぎとニンジンの掻き揚げ 今朝の朝食は精進揚げを拵えて食べ、半分以上を夜食の分として取り置きし、出かける前に既に乾いていたピケ(肌掛け布団)を取りこみ、万全の支度でタクシーを呼んだ。1時そこそこにドルマバフチェ宮殿前の駐車場に着いたので、電話をしてみると既にエフェ君達も着いていると言う。エフェ君が私を迎えに来て、駐車場奥の波打ち際の席では、彼のお父さんとマキコさんが待っていた。 エフェ君とマキコさんは、去年暮れから正月にかけてトルコに来た時、正式に婚約した時点から、早ければ今年の9月半ばころまでによい日を定めて結婚し、最初は2,3年ごとに遠隔地を何ヵ所か転勤することになる。しかしいずれは、アンカラ、イズミール、イスタンブールなどの大都市に戻ってくることが明確だそうだ。 2人は、イスタンブールにはエフェ君のお姉さん夫婦もいるし、両親のいるエーゲ海沿岸の町にも行きやすいし、結婚したしるしに将来のことを考えて、2人で協力してマンションの1フラットを購入することに決めたのだそうで、インターネット、新聞広告、または知人からの情報などで相当数の物件を自分達なりにチェックしていたらしい。 マキコさんは大学で建築学を学んだそうで、トルコの建物の外観は超近代的なデザインのビルであっても、内装が隅々まで配慮が行き届いていないことが、一番気になるそうだ。 今日は、今までに見た幾つかの候補物件の中で、地の利やフロアの広さ、部屋数、自分達に手が届く範囲にある価格帯などの点で、一番気に入った、とある団地のモデルルームが完成したので、そこを見に行くことになっているのだそうだ。 マキコさんは言った。 「加瀬さんにご足労おかけしますが、周りにたとえエフェの家族であれ、全員がトルコ人だけの中にいると、なにか心細いと言うか、日本語で話の出来る人がそばにいてくれるだけで、安心感が全然違います。私達の重要な事柄なのでどうか物件をご覧いただき、お気づきのことがあればアドバイスもお願いします」 マキコさんは、エフェ君と結婚することを承知した時から、彼の職業柄、軍人と同じように転勤が多いこと、とくに交通課や一般的警察業務ではないので、戦争やテロ事件の最前線に行かされる可能性も高く、規則にも縛られてストレスの多い職種であることにも充分理解を持ち、彼との生活設計を考えて来たと言う。 6年以上前のシリア内戦勃発以来、当時かなりの高度成長を遂げたトルコの経済は、そのまま安定するかに見えていたが、シリアの内戦で、隣国同士、イスラーム教徒同士、という人道的立場からシリア難民の受け入れに門戸を開かせた、当時のエルドアン首相(現トルコ共和国大統領)の温情に危惧を抱き、トルコを通って自国に難民が流れて来るのは嫌だ、という、欧州各国が反発を示すようになり、トルコは際どい淵に追いやられている。 とくに2015,2016年はトルコ国内でテロが連続的に起こり、国境や山岳地帯の警備に当たる軍人や警官にどれほどのシェヒット(戦死者・殉職者)が出たか。昨年7月15日にはまさかのクーデター未遂も起きて、様々な歴史的遺産を持つ、世界有数の観光立国だったトルコへの観光客は、日本人グループを筆頭に激減、皆無といってもいいほどの憂うべき状態である。 マキコさんがそういう状況の国に嫁いで来ようと決心したのも、「恋に恋する乙女」のように、人生設計を単に自分達だけの甘い新婚生活にズームインしているのではなく、現在も難民達の自立を助ける団体の活動に参加したり、難民の作る手工芸品を商品にして自立を助ける活動、そしてマキコさんが長らく携わってきた医療関係の事業を、トルコでも展開出来ないか、と真剣に考えてのことだった。 トルコに住んだらトルコ語をしっかりと覚え、夫には唯々諾々として従うのではなく、彼の言い分を十分立てるが、なおかつ、NPOのネットワークを活用して社会的に働き、夫が転勤しても、NPO仲間に自分の足跡を残して繋がりを広げて行こうという、人生の設計を立てているのである。 さて、本日エフェ・マキコ・カップルとお父さんに連れられて一緒に見に行ったのは、次第に市街地が拡大して行くイスタンブールで、幾つものプロジェクト・チームが競争で開拓している地域の、コヌット(住居)群の一つである、かなり大きな団地だった。 現場に着いて販売会社のオフィスで少し話をしたのち、マキコさんと私は殿方より一足先に販売部の職員さんに案内されて、ヘルメットを被りモデルルームに昇ると、とりあえず見た目にはお洒落できれいなフラットが出来ていたが、いろいろな家具のほとんどが「オプションです」ということだった。 使い勝手のよさそうな家具が標準装備でないとすれば、家具の充実したモデルルームと同じ仕様にするには、かなり別途な出費が必要になるわけだ。それが結構物入りになりそうである。 そうしたモデル家具の取り付け方がたいそう雑に見えるところもマキコさんは見逃さなかった。それを指摘すると、販売員は答えた。 「いや、まあ、これは単にご希望なされば、こういうものが付けられますよ、という一つの見本ですから・・・私どもは基本的にこのビルとフラットの基礎工事、スタンダード仕様の設計のところまででお客様にお引き渡しすることになります。ご覧になったオプションの備え付け家具については、家具を専門に扱う部門の会社にご注文いただくことになります」 彼の言葉を伝えるとマキコさんは言った。 「ねえ、加瀬さん、日本だったら、モデルルームこそ内装もしっかりと取り付け、お客さんに、この家をぜひ欲しい、買いたい、という気にさせるのが普通じゃないですか。壁と備え付け家具に隙間があったり、あっちこっちペンキが飛んでいたり、部屋の隅のコーナー部品が曲がって接着されていたりすれば、たちまち瑕疵担保責任の対象になりますよね」 マキコさんの目は鋭い。新築のマンションだから、そんなに雑では困る。わが家も19年前にきれいに改装されたばかりの時、娘も私も気に入って買ったわけだが、トルコに22年もいて、何しろ正方形や長方形の角が90度きっかり、という家を余り見たことがなかった。それを気にするならば、中古の家はほとんど不合格である。 ホテルなどでさえ安普請のところなど、コンセントの差し込み口が壁から抜け落ちて穴が露出してしまっていることもよくある。これは一般建築のどの家でも、つまりわが家でも友達の家でもよく見かける「トルコ的現象」なのである。 ここの団地は新築だからまさかそれはないだろうが、マキコさんの言う通り、モデルルームこそしっかりと、完ぺきに造っておかなくてはいけないはず、と私も思う。今日はその分譲会社のオーナーも来ると言う話だったが、社長と直々話をするために若いカップルも、お父さんも期待していたのに、何時間も待ったうえ、結局は最後までとうとう来なかった。トルコでは仕事上の約束でも、あとから出来た用事が優先されたりすることはよくあるのだ。 営業室のソファでエフェ君と販売部長が値段その他の交渉をしている向かい側で、私は2人がどんなことを話しているのか、マキコさんに通訳をしているのだが、4時半過ぎに急におどろおどろしい雷鳴が響き、空が真っ暗となった。ビルとビルの間にものすごい稲妻が走って、篠突くような雨が襲ってきた。落雷も何度もあったようだ。 このすごい雨脚で工事現場はたちまちドロドロになり、エフェ君と部長の話もしばしば中断され、煙草を吸いに玄関口に出て行ったり、チャイが運ばれてきたりして、交渉はすんなりとはいかないのだった。ああ言えばこう言う。将棋で言えば千日手で、さっぱり進まない。相手を根負けさせるまで粘る、それがトルコ流商法なのである。 1軒の家という高価な買い物である。現金でスパッとなど、よほどの大金持ちの御曹司か姫君でもなければおいそれとは買えないだろう。これから職務上、何年も地方回りの転勤を重ねながら暮らす若い夫婦には、イスタンブール勤務になったとき、慌てて家を探すのでは遅すぎる。その頃になったら手が出ないかもしれない。イスタンブールの諸物価の値上がりは空恐ろしいものがあるのだ。 今のうちに長期ローンであれ、自分達の力で1軒買い求めておき、イスタンブールにいない間は賃貸に出すことも考えて、手の届く範囲でより良い物件を探そうという真面目な若いカップルに、トルコの通貨、TL(テーレー=トルコリラ)の価値がこれ以上下がってしまわないように、インフレが進まないように、と心の中で私は精一杯祈りながら話を聞いていた。 トルコで暮らすようになってから22年余り、世界の経済市場には「為替レート」という魔性の生き物が存在することを、時にまざまざと見せつけられてきた。私が移住して来た後にも、レートの急落をトルコは何度も味わい、その直撃を受けるのは、結局はワーキングプアーの一般庶民だからである。 夜8時近くなる頃、何度も電話連絡を取り合って、ようやく双方が歩み寄り、1月に初めてこの物件について説明を受けた時より、諸条件が変わっているため、既に当時予想した金額よりかなり高くつくこともわかった。しかしながら、これはエフェ君も食い下がって食い下がって、双方話し合いを尽くしての結果だからそれ以上粘っても空回りするだけであろう。 マキコさんは登記関係の書類作成をエフェ君に一任する旨の委任状も取り寄せてあるので、署名に関しては彼に一任して今晩、空港に向かい、日付が変わったあと1時50分発の成田行きに乗るのである。 明日の日中、公証人役場で彼のサインが登録されれば売買契約が整うことになる。ひとまず懸案だったマンションの購入の件は、マキコさんの帰国ぎりぎりの刻限になってしまったが、双方の合意でエフェさんが署名し、来年春の完成引き渡しを待つことになった。 つづく なお、今日の記事はマキコさんとエフェ君の了解のもと、外国人がトルコで住まいを購入する場合、想定外の諸問題が発生するケースもありうる、ということを書いております。特に「為替レート」の変動には、十分注意する必要があります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2017年05月16日 03時07分19秒
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