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カテゴリ:きのこの文化誌・博物誌
1冊の詩集が届いた。彼末れい子『ことばによるきのこ図鑑』だ。れい子さんは、<グループきのこ星雲>発足のきっかけとなった1987年の神戸市森林植物園、産経学園できのこ講師をはじめた頃からの原始会員である。それから四半世紀の間に時折り表題の詩片を書いていますと贈られてきたものの集大成だ。 1992年日本キノコ協会発足記念号(季刊『きのこ通信』第16号)の表紙を飾った彼女の作品を思い出し紙屑の山から引っ張り出して来てひもといてみた。 十一月の山 市民講座の最後に 参加者のひとりが手をあげて まつたけはしいたけより なぜ高いのですか 唐突な質問をしたとき あなたは少し笑って 学名を黒板に書いて説明をはじめた 経済の論理でもなく 味覚の文化論でもなく 生き物の生きかたを 一年前のわたしの講義ノートに メモが残っている 葉緑素をもたないきのこ 菌類 植物のつくった栄養で生きている マツタケ 菌根菌 マツと共同生活 シイタケ 木材腐朽菌 分解 還元 十一月の山 やわらかな陽が木々の枝からこぼれ やさしい腐葉土のにおいの中に立つとき ひともまた きのこと同じだと気づく 葉緑素をもたないわたしは 自分の悲しみしか食べることができない 地表にはりめぐらされた菌糸のあみの上 二本の足であやうく立ち そして 遠くあなたに 手をあげて 質問することしかできない わたしはなぜ緑色ではないのですか ふりつもる落ち葉 彼末れい子第二詩集『電車のくるまで』(1992年刊)より 1992年、ぼくは既にきのこを越えてしまっていた。同年4月、日本キノコ協会設立したときの呼びかけは「スーパーきのこの研究をはじめよう」だった。そして今、ようやくその時代が巡ってきた。 しかし、れい子さんもそうだが、私のまわりの人たちはこうした自身ときのことのかかわりの作品がなんらかの形で出来あがると、なぜか、宿題を果たした気持ちになるのは何故なのだろう。 必死のパッチできのことかかわり、スーパーきのこ世界へのスタートラインに立ったとき、挫折してしまうきのこの世界の落とし穴。 きのこは、きのこを愛してしまった人たちの単なる通過儀礼に過ぎないのだが、大かたの人は出会いの瞬間から憑依され冬虫夏草のように全身を呪縛されながら「菌学のために」なんてたわごとをつぶやきながら果てる。 きのこに菌蕈学はあっても微生物学としての菌類学の世界はなくあったとしてもその世界の極くごく一部でしかない。もう30年近く方々で語ってきたことをここに繰り返すつもりは毛頭ない。きのこは超えなければ意味をなさないものだ。これがヘテロ(=異型の)のヘテロたる所以である。 れい子さんの初心は「十一月の山」に言いおおせて余りあるものだ。 そして、この第五詩集は彼末れい子さんが20数年目にしてはじめてこの初心に還流し、ご自身が年輪を太らせるタイプではなく、脱皮するヒト種であることにようやく思いいたった、かの記念すべき詩集なのである。 僕の手許には第四詩集以外はすべてあるが、彼女の「10年に一冊、死ぬまでに6冊出す」という決意とはうらはらに年輪を太らせるというよりは擦過する人生であったことをなによりも彼女自身の作品が物語っている。 表現者にとって、作品はなべてどんなに命がけで脱皮したとしても、もぬけの殻でしかないこと。この言葉の芸術に対する認識の微妙なずれが、ここにいたって一致したのだ。卒業はまだ早すぎる。 樹木の年輪のふてぶてしさではなく、後にも先にも何もないきのこの真実はここにあり、この認識{人は不断に脱皮することでしか季節としての青春を方法として手に入れることができない}こそが、スーパーきのこ世界への唯一のパスポートでもあるのだ。人ときのこの生きざまの接点はここにしかない。 そして脱皮は、ありとあらゆる手段を通じて自身を表現することでしか得られないのだ。僕が{きのこは文学であり言葉である}と言ったのはこのことだ。 ぼくのまわりには、そうした生き方を僕たちのように屈折させずに易々と手に入れてきたこだわりのない若いきのこ愛好家たちがホツホツと集まりはじめている。きのこが好きということは身体の秘めやかな部分に刻んだタトゥーのようなものであって良いではないか。 ムックきのこクラブは世界ではじめてのきのこ観察ではなく観照の会であって、すでにきのこなど吹っ飛んでしまった会なのだ。れい子さんは、この詩集によってようやくきのこの呪縛から解かれて自在を得た。旧友としてなんともうれしいかぎりである。 これを機に、透明となったきのこを通して身ほとりの世界を見つめ直す人生の友として益々のご厚誼をお願いしたいものだ。 『ことばによるきのこ図鑑』 1500円+税 購読ご希望の方は直接
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最終更新日
2013年07月16日 13時56分46秒
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