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カテゴリ:川西きのこクラブ
去る26日の日曜日、川西きのこクラブの人達と豊能郡の奥処・高山の里を訪ねてきました。日差しは真夏日でしたが、高原を吹き抜ける風はすでに秋の気配が濃厚で、爽やかな一日となりました。
高山の里は観光とは無縁の由緒正しき里山がひろがるところ。マリヤの墓や高山右近の生誕地、そして顕如上人の隠棲地とされる光明寺と何故か山中にひそと築かれた海の神様・住吉神社があるだけのとてもあっけらかんとした土地柄で、うれしくなりました。
この日の最大の収獲はオトメマイマイTrishoplita goodwiniの生娘さんとウスカワマイマイ Fruticicola despecta sieboldianaのなれの果てに出会えたこと。 ともにオナジマイマイ科Family Bradybaenidaeのかたつむりですが、夜の顔不思議な俳句会やこの会で薀蓄を傾ける貝類博物館の学芸員で博覧強記の大原さんでも、悩むほどの若いオトメマイマイを相手に、おとめの生育段階の諸相を判断する手がかりをじっくりと教えてもらい、その人間臭さにいささか感動しました。詳細は秘密!!。
この地には、最後まで改宗せずに亡くなったと言われる村人の粗末な墓が4基、マリヤの墓として保存されているほか、高札所が残されていて、その江戸期最晩年のお触れ書には、切支丹禁制のお触れがくどくどと述べられていて、いささか辟易しました。
道路脇には、アケビがすでに青々とした実をつけ、高山右近生誕地のちかくの光明寺には顕如さんがこの地に隠棲したとされる碑が残されていました。
この村には2ケ所の寺があり、寺苑にはつきものの梵鐘があります。つい、ムラムラといつものいたずら虫が目を覚まし、同行の人たちにも勧めましたが何故か大人びて遠慮されますので僕が代表して梵鐘を撞くと、ご住職の奥方が飛んで出てきたので、しばしよもやま話をしました。 顕如さんがここでどう過ごされたかはついに聞けずじまいでしたが・・・。
帰るさにも宝筐印塔と道路に背を向けた地蔵さまに出会いましたので赤いおべべを剥がしてカメラにおさめていると、なんでも裸にするとまた顰蹙(ひんしゅく)を買いました。 でも僕にとってはお地蔵様に赤いべべはまったく無用の物。「なんでも帽子をかぶせたりよだれかけなんて掛けるなよ。うっとおしい!!」とお地蔵さんにかわって叫びたいくらいです。 かくして永~い1日はあくまで永く、暮れるまでのひとときを池田駅界隈でオトメマイマイとお地蔵様の赤襦袢の一件から何故か話が女性の下着の学術的な考察へと移行し、大いに盛り上がったところで別れました。めでたし、めでたし。 もちろん、この日出会ったキツネタケのベイビーちゃんをはじめ8種のきのこや、ヤマアイ、ハエトリソウ、ニワトコ、コバノヒノキシダ、トリガタハンミョウヅル、ボタンヅル、オニガヤツリ、白花のコナギ、オモダカなんて植物たちが遠い夏の日の記憶のように脳裡を駆け巡っていたことは明記しておくべきでしょうね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年07月27日 23時56分43秒
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