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カテゴリ:ムックきのこクラブ
ムックきのこクラブの8月の探訪会は、志明院あらため、大徳寺山内散策と今宮神社。スーパーきのこ時代のメインストリームは、食文化の発酵食品との認識で一致する僕達は、バスの大徳寺前停留所を降りてすぐのところで、大徳寺納豆・こぼれ梅・京の銘酒のお店に立ち寄ったのが運のつき。醸しかもされ、試食試食で腹一杯。納豆、糀の話で盛り上がり、小一時間過ごしてしまい、大徳寺山内に入ってすぐの千利休切腹の原因となった金毛閣山門に至った頃には、疲れてしまい、禅寺の山内で申し訳ないとはしながらも、早々と境内でテイスティングの時間に突入。
この楼上に雪駄を履いた千利休木像を安置したことから、秀吉と決裂の時を迎えていた利休に俺を足蹴にする気かとイチャモンをつけられ切腹を命じられたため有名になった山門です。
本日のテイスティングは、京・紫野の純米吟醸「雪紫」、山形の「銀嶺月山」山梨の白ワイン、そして画伯秘蔵の芋焼酎。肴は、からしれんこんチップ、大徳寺納豆、丸大豆せんべい、チーズなどなど。
これでようやく人心地ついた僕達は、禅寺の方々でテイスティングを繰り返し暑気払いしながら、本来の目的である山内最北部の塔頭・大仙院の枯山水、狩野元信(東四郎次郎)の花鳥図襖絵(もちろんレプリカです)、その隣の真珠庵(こは一休宗純のゆかりの寺)を見て回りました。大徳寺納豆は、酒の肴に最適の物で、こよなく酒を愛した炭太祇を偲ぶ意味合いをこめています。不謹慎をなじる人がときおり一般人にいますが、宗教的タブーは、個々人の自主規制の範囲にとどめるべきで、泥酔は同断ですが、僧綱とは無縁の寺苑への来訪者にまで強いるものではありません。 ここの狩野元信のヒヨドリの花鳥図を見て、蕪村は関東遍歴の末、京へ舞い戻った当初「紫野にひよ鳥の妙手を思ふ」と前書きして発句を詠んでいる。 時鳥画に鳴け東四郎次郎 蕪村 Hototogisu E ninake hogashi shirojirou 四郎次郎とは、狩野派の元祖・古法眼元信のことで、東の空が白々あける情景と重ねて作者名を詠みこんでいる。 またそのお隣の一休開祖の真珠庵は、蕪村の親友となった炭太祇が江戸から上洛した当初、島原に招かれ不夜庵で遊女や揚屋の子息の家庭教師をする以前にここに転がり込んで剃髪出家して1年余りを過ごしたところ。
それからまた数か所の塔頭をのぞいてから山内を出て、すぐ北に位置する今宮神社へ詣でました。 ここではナマズの暗号、神占石の阿呆賢(あぼけん)さん、「疫神社」、西陣織屋の崇敬をあつめる末社の織姫神社など庶民的な神の園を見て回りました。 そして、やすらい祭の主祭神のおさまる摂社の疫神社が本来の神社で、そのあとに本社が鎮座したので今宮さまの名があることもあらためて知りました。
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そしてこの旅のし〆は、やはり門前の2軒の茶店の出すあぶり餅だでしょう。焼き鳥の鳥皮のような餅が串の先についた串餅13本500円。食べたあと不思議と腹に残らないのが特徴といえば特徴かな。
今宮神社へ来たら、松を重ねた見事な紋瓦もどうぞお見落としなく。 このあと、夷川寺町のギャラリーで開催中の高野くんの光るきのこアート展を覗いて長い真夏の1日を終えました。光るきのこアートについてはまた稿をあらためて。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年08月12日 14時04分50秒
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