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カテゴリ:ムックきのこクラブ
京都嵯峨野の羅漢像 ムックきのこクラブ推奨映画、M・スコセッシ監督の『沈黙』を観てきました。遠藤周作小説の映画化、これまでに我が国の監督による映画化もされています。湿潤アジアの最果ての島国・日本でのキリシタン殉難史。今回の映画では、隠れキリシタンの村での奉行所の取り調べの際に描かれる足元のぬかるみがとても印象的でした。原作の「この国はまるで泥沼のようだ。何も根付かず、育たない」という強い主題は、執拗に表現されていたように思われます。救いのない画面の連続でいささか辟易とするところもありましたが、いつもは場内が暗くなるとついうとうとしてしまう僕が最後まで、細部まで、しっかりと目を開いてみていたのは、やはりこの映画の訴求力の強さのせいかもしれません。 加西のキリシタン地蔵 北条の五百羅漢像の中の異形の神像 木の葉のメッセージ 神は、私たちの心の癒しがたい穴ぼこを埋めるため私たち自らが創造したもの。その神は深く長く沈黙を続けてきています。「それでも、僕は、私は、神を信じます」「いや、信じません」と、さまざまな局面で私たちは有史以来ずっと吐き続けてきたのです。 森でみつけたこの落葉のしるし。それを神の啓示とみるか、単なる虫食いの痕跡とみるかは人それぞれです。 映画を観終わってディン・ドンと最終電車を降りたところで、雪を孕んだ雲間から十三夜の月が束の間顔をのぞかせました。神も私も沈黙したままに幾星霜。すでに多くの朋がきを逝かせてしまいました。やがて僕にもその日が。そのとき僕は口を開くでしょうか。そして神は長い沈黙を破って声をかけてくれるでしょうか。永遠の謎に終わりそうです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017年02月10日 15時42分40秒
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