夢みるきのこ
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春は風来坊の子嚢菌からはじまる。この日は晴天続きの上に地温が上がり切らないこともあり、思ったよりきのこは少なかった。私たちのなじみの子嚢菌を風来坊と呼ぶのは、彼らの胞子の多くが栄養源の豊かな土壌や好みの昆虫、植物の繁殖地に飛来して寄生生活をはじめ、その栄養源が尽きると、また別天地へと旅立つからだ。 私たちになじみの担子菌(担子器の上に胞子を担ぐ菌類)と呼ばれるマツタケ型のきのことの違いは胞子(=子)が莢状の袋(=嚢)に入っているからである。今年の春先のきのこは近年よく見かけるようになったカバイロサカヅキタケ Helvella leucomelaena からはじまった。30年前には皆目見かけなかった種である。 このコップ状の内側全体が子嚢胞子をたくわえていて、雨滴や振動の度に「ハッ、ホッ」と白いため息を吐くさまは可憐である。掘り出さないとわからないが太くて短い柄をもっている。 私がこのサカヅキちゃんと立ち話していた、その足元で深々と落葉で満たされた側溝を掘り返していた仲間が見つけ出したのが以下の残骸である。 あきらかにノボリリュウタケ Helvella crispa の柄の形をしている子嚢菌の代表格のきのこである。 こちらはスミゾメチャワンタケ Plectania modesta と言いたいところだが、黒色のチャワンタケとしておこう。 トガリアミガサタケ Morchella conica 。前回、蓮月尼さんを訪ねたときは至る所でアミガサタケを見かけたが、今回はこのトガリちゃんだけだった。この逢瀬の不確かさにきのこ好きはイジイジさせられ、またの逢瀬を心待ちにすることになる。しかし、きのこと親しみ、きのこを知るためには1度の旅で5~10種くらいをバラエティ豊かに出会いじっくりと観察するうほうがはるかに身に着くものだ。今回もきのこ目を養う初心の人にとっては集中力を身に着ける最良の日となったことだろう。 そうそう、蓮月尼は尼さんと私は呼んでいるが、知恩院で剃髪したのは事実だが、武家の女で、夫に旅立たれ、子供もすべて亡くなって天涯孤独の身となって男手に頼らず生きていくうえでやむなく尼僧姿で隠棲することとなったので、どちらかと言えば方便としての尼さん。蕪村も難波の毛馬の地を出奔して寺男として知恩院あたりに紛れ込み生涯墨染の衣を手放さなかったのは、そんな仏縁に対する恩義を感じていたからだろう。 いずれも、都市最下層民の流民、無宿人の身分の風来坊としての尼や僧もどきの姿だったのだ。廃仏毀釈で寺院という寺院が完膚なきまでに破壊されたのは、寺院が江戸期の町衆を人別帖で管理して幕府から手厚く保護され権力の片棒を担っていたからであろうが、こうした最下層民の、男女を問わない駆け込み寺的役割を果たしていたことも忘れてはならぬ。
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