#7「人間界の朝、静かな朝…?」(下)
そんな明るくなった表情を見て、りずむはため息を一つつきました。そして話しはじめました。「…私ね、ここに来るまでにもいろんな所にいたの」 そう言いながら、湯呑みの縁を指でつーっと撫でるりずむ。「いろんな…?」「うん。世界中。 でね、最初私はどうすればわからなかった…」そして、息をはぁっ…と吐き出しながら呟きました。「…だから…最初は半分ね、町を追いだされるみたいに店を閉めたわ」りずむはもう一度、小さくため息をつきました。「さっき言った“いろいろ”って、そういうこと」そして再び湯呑みを手に取り、手のひらの中でくるくると回しました。「…」「でもね、そのうちに分かってきたの。この人なら話しても大丈夫、この人はやめといたほうがいい…」りずむはお茶を少し口に含んで飲みくだし、一息置いて続けました。「…それとこの人には話すべきだってことがね」「へぇ」意外そうな表情でりずむを見るクレア。「ん?」「ちょっと意外だなって」「ああ…私だって失敗たくさんしてるのよ。 …というか小さい頃はね、ドジで、暗くて、後ろ向きで、友達もいない子だったの」「え?」さらに驚きの表情に変わりました。「そんなに意外かな?」「はい。 くれあ、りずむ様って小さい頃から明るくて、優しくて、なんでもこなせて… すごい人だったんじゃないかって思ってました」「うふふ、最初からなんでも出来るわけないじゃない。 っていうか私今でも考えこむタイプだし、ドジだってするわよ?」「うそ」「いや、さっきだってほうきとちりとりで失敗したじゃない。 それに、いろいろ忘れっぽいし」「…あ。 そういやそうですね」クレアは肯きました。「そこは否定して欲しかったんだけど…ってそれよりも。 クレアちゃんも、もしかしたら自分が魔女だってこと、 伝えなければならないときが出てくるかもしれない」「はい」「その時、もし迷ったら私に相談してね。 …あ、みゅうちゃんたちでもいいと思うけど…」 そう言いながら、りずむはふと時計を見ました。「ってもう7時まわってるわね。そろそろ学校行く用意しないと。 ちょっと待ってて」というと、りずむはどこかへ行きました。「?」*****(何してるんだろ、りずむ様)クレアがぼーっと時計を見ていると、「おはよー」チュチュが眠そうな目をこすりふわふわ飛んできました。「あ、おはよう、チュチュ」「ん」「ごめんね、ごはん先食べちゃった」「ああ、いいのよ、私は朝起きるの遅いから…いたっ」壁にぶつかりぽとんと床に落ちるチュチュ。「あ、チュチュおはよう…ってまたぶつけたの?」ちょうどそこに戻ってきたりずむは、床で鼻をさすっているチュチュを見て呆れたように呟きました。「おはよう、りずむって…またはないでしょう」「だっておとといも」「昨日はぶつからなかったわよ」「ぶつからないのが普通よ」「そんなこというりずむだって! 三日連続で足の小指、タンスの角にぶつけてたでしょう?」「見てたの!?」…そんな二人のやりとりをこれまた呆れたように見ているクレア。りずむははっと気付いて持ってきたものをクレアに手渡しました。「…あ、ごめんごめん、クレアちゃんはいこれ」「ランドセル?」「うん、そうよ。 今はこれ珍しいんだけど、やっぱり伝統的な小学生の装備だからね」「装備?」もの珍しそうにランドセル360度くまなく眺めているクレア。「そうよ…あ、45分ぐらいにみゅうちゃんたちが迎えにくるから」「はい、それじゃ支度してきます」「うん、私はここにいるからね」「はーい」クレアは自室に向かいました。扉が閉まったのを確認したりずむとチュチュ。「っていうか三日連続じゃなくて二日よ二日!!」「二日も三日も同じでしょう!?」・・・そんなこんなで7時41分。「りずむさーん、みゅうでーす」外からみゅうの声が聞こえます。「あ、来たわね」チュチュの朝食に付き合ってコーヒーを飲んでいたりずむは、立ち上がりました。「おはようございまーす」「はいはいはい」りずむはいそいそと玄関に向かいます。しかし扉を開けた瞬間…がんっ!!「はうっ」自分が開けた扉で頭を強打しました。「…!!」しゃがみこんでおでこを押さえ、うずくまるりずむ。「全く、りずむ何やってるのよ…」そんなりずむをさすってあげるチュチュ。「りずむさーん」外ではふぁみが叫んでいます。「はいはい」おでこに手をあて、よろよろと玄関に向かいました。がちゃっ…「おはようございます…って…りずむさん?」みゅうが涙目のりずむを見て心配そうに尋ねました。「大丈夫、そこでちょっとね」「自分で開けた扉で頭ぶつけたのよ」チュチュが、その扉を指差しながら事の次第を暴露しました。「ああ、よくありますよね」みゅうが平然とうなずきます。「えっ!?」ふぁみとみなみとこえだは一斉にみゅうに視線を送りました。と、その時…「遅くなりましたー、あ、みなさんおはようございますー」クレアもまた着替えて玄関の所にやってきました。が。「えっ!!?」一同唖然。「…クレアちゃん?」目が点のふぁみ。「なぜ和服ですの?」こえだも目が点。「んー… 似合ってるしインパクトはあるけど何かが足りない」みなみは冷静に分析しました。「なんでおねえちゃんそんなに冷静なのさ」「だって、日本人の正装だって」クレアは袖をひろげてくるっと一回転しました。「あ、わかった。靴だからだ」それを見たみなみは肯きました。「ちがうちがう」ふぁみがみなみに突っ込みます。「くれあちゃん?普段着でいいのよ?さっきみたいな…」「え?そうなんですか?じゃあ、着替えてきます」「急いでね」着物のすそを掴んでぱたぱたと自室へ引き返すクレア。「…」それを見送る一同。3分後。「お待たせしました!」「えらい早いな」驚くふぁみ。「ん、それでよし。 …じゃ、行きましょうか」りずむは手をぽんと叩いて言いました。すると、「え?りずむさんも行くんですか?」みゅうは驚いたように尋ねました。「ええ、先生にごあいさつしなければいけませんしね」そう言いながらりずむは玄関のドアに鍵を掛けました。「そうですね、じゃ行きましょうか」とりずむを促しながら、表の木にかかっている看板が、ちゃんと「CLOSED」になっていることを確認するみゅう。「クレアちゃん、行こっか」ふぁみは少しまごついているクレアに声をかけました。「う…うん」「緊張しなくても大丈夫」みなみもクレアの隣に行き、話し掛けました。「ありがとう…」「クレアさん黒髪だから、和服がとっても似合ってましたわ」みなみの隣を歩いていたこえだはクレアを誉めました。「そうかな…えへへ」頬を赤らめ、恥ずかしそうに笑うクレア。だんだんと暖かくなっている春の朝。六人で歩く通学路。人間界初めての朝、いろんなことがあって忙しかった…でも、今日はこれから色々あるんだろうな、とほんのちょっぴり心配しつつも、わくわくしているクレアでした。