カテゴリ:わたどう~ウチカレ~らんまん!
いまさらながら、
裕一郎のモデルになった広井勇(廣井勇)のことを調べてみて、 ほんとうに凄い人だったんだなあ…と驚いてます。 社会への貢献度でいったら、 牧野富太郎よりもっと重要な仕事をした人じゃないか! …とさえ思ってしまう。 牧野富太郎と広井勇は同郷の同い年ですが、 わたしは当初、 さすがに「同窓」という設定は、 ドラマ上の作り話なのだろうと思ってました。 でも、ほんとうに同窓だったのですね! ◇ 牧野富太郎は「植物学の父」と呼ばれ、 広井勇は「港湾工学の父」と呼ばれている。 そんな歴史に残る2人の偉人が、 幼いころ一緒に学んでいたのは凄いことだし、 それをドラマで取り上げるのは必然だったのでしょう。 結果的に、 ドラマに描かれた広井勇はほぼ史実に沿っていて、 あまりフィクションの要素が見当たりません。 ・土佐の佐川に産まれて名教館に学び、 ・札幌農学校ではウィリアム・ホイーラーに学び、 ・幌内鉄道の工事や鉄道橋梁の建設に携わり、 ・米国でミシシッピ川とミズーリ川の治水工事に携わり、 ・函館港の築堤や小樽港の設計に携わり、 ・火山灰を利用した「広井公式」による工法を確立し、 ・工学博士号を得て東京帝国大学教授になり、 ・大陸に渡って満鉄を視察。 …すべて史実どおりです。 追記: 関東大震災の後には帝都復興院(のちの復興局)評議員になっています。第129話で「教え子たちが永代橋と清洲橋を手掛けている」との話が出ましたが、これは大学の教え子にあたる太田圓三らのことですね。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E7%94%B0%E5%9C%93%E4%B8%89 ◇ また、 牧野と広井の先生にあたる池田蘭光のモデルは、 名教館教授だった伊藤蘭林なのですが、 彼についてもフィクションの要素は少なく、 これも、ほとんど史実どおりだったと言っていい。 ここまで史実どおりなら、 ジョン万次郎や坂本龍馬や小林一三のように、 役名じゃなく実名にすればよかったんじゃないの? …と思うくらいです。 ◇ 伊藤蘭林と広井勇の描写について、 かりに「フィクションの要素」があったとすれば、 それは名教館の教育にかんする次の部分です。 科目は、漢文、和歌、測量など、多岐に渡っていた。『らんまん』では、大勢の生徒に対して1人の先生が教えていましたが、実際には学ぶ科目ごとに、先生の机の前に5人ほどの生徒が集まり講義を聴いていたということです。 つまり、 ドラマとはちがって少人数教室を実施していた。 したがって、牧野と広井の2人は、 同窓ではあっても級友とまでは言えなかったかも。 たとえ同い年とはいえ、 商人の身分の牧野に対して、 武士の身分の広井は先輩でもあったはずだから、 両者がどれだけ親しくなれたのかも分からない。 卒業後は、 2人とも東大で仕事をすることになったけれど、 どれほどの交流があったのかも、よく分かりません。 そこらへんがドラマの創作だったのだと思います。
廣井勇~近代化の扉を開いた、清き技術者~ 廣井勇 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.09.28 11:28:24
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