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まいかのあーだこーだ

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2024.02.12
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タン塩を頬張る視線春愁の吾子 ハラミ食む君の笑顔や春の恋 目を背く燃えるパプリカ彼我の春 先輩をいや肉待ち侘びる二月の夜 焼肉で筋肉つけて春肥大 スッカラの窪みは浅し春の宵 春愁の一人焼肉持て余す 二月の焼肉屋涙の受験生
2月8日のプレバト俳句。
お題は「焼肉」。




清水アナ。
二月の焼肉屋 涙の受験生


AのB/CのDの対句。

季重なりなのもあるけど、
下五の「受験生」って主観の説明なのかも。
つまり、作者が「受験生だろう」と判断しただけで、
厳密な意味の視覚情報ではないのでは?

視覚的に描写するなら、
学生の涙 二月の焼肉屋
焼肉屋の冬 セーラー服の涙

みたいな書き方になると思います。

まあ、
かつて受験生だった自分とか、
知り合いの受験生を描写した可能性もあるので、

季重なりを回避するだけなら、
駒場の焼肉屋 涙の受験生
焼肉屋の煙 受験生の涙

みたいなやり方もあります。



渡辺満里奈。
タン塩を頬張る視線 春愁の吾子
タン塩を頬張る春愁の吾子よ
(添削後)

下7の字余りですが、
「春愁の吾子」と書いたら、
わざわざその表情まで書く必要はない。

なお、語順を逆にして、
春愁の子はタン塩を頬張れり

のようにも出来ます。



梅沢富美男。
春愁の一人焼肉持て余す
春愁と一人焼肉持て余す
(添削後)

渡辺満里奈と同じ理屈でいえば、
下五の「持て余す」が不要との判断になる。

つまり、
「持て余さない春愁の一人焼肉があったら持って来い!」
ってこと。

しかし!
先生の添削は予想外の一手。

下五を消すのではなく、
「春愁」と「一人焼肉」を切り離してしまう作戦。
これは添削というより改作だけど、
なるほど、その手もあるか!って感じです。



笠原秀幸。
ハラミ食む君の笑顔や 春の恋
ハラミ食む君と春待つ恋ひとつ
(添削後)

中七を「や」で切って下五に季語を置く形。
そして「ha」の頭韻も踏んでます。

…ってことからいえば、
俳句の型はしっかり出来てるのだけど(笑)

まず内容がつまらないし、
「ハラミ食む君」と書いたら、
あとは「笑顔」だの「恋」だの書く必要はない。

そして、
韻を踏むために使ったのか、
文語のつもりで使ったのか、
女性を可愛く見せるために使ったのか知りませんが、

一般に「食む」という動詞は、
人間が肉を食べるときには使いません。
牛や馬が草を食べるときの動詞です。

その意味では添削句も容認しがたいので、
春待つや ハラミを食べる君の口

としてみました。



そもそも、詩歌の世界で、
「肉を食べる女性」というのを、
綺麗な恋愛対象として描くのは難しいよね。

あえてそれをやったら、
滑稽になるか、ちょっと諧謔的になってしまう。



棚橋弘至。
焼肉で筋肉つけて春肥大
筋肉の映える春なり 肉を食う
(添削後)

こちらは「肉を食べる男性」なので、
女性にくらべれば句材にしやすいけど、
発想があまりに散文的で詩情に欠けました。

でも、本人の意図はともかく、
下五の「春が肥大する」という表現は、
考えようによっては面白いのよねw

春の息吹が膨れ上がる…とも読めるし、
春の妄想が膨れ上がる…みたいな解釈もできなくはない。

まあ、
作者自身が意図したところは、
肉食えば筋肉輝く俺の春

みたいな話なのだけど…(笑)。

一方、
先生の添削もなかなか面白い。
下五は「肉喰らう」のほうがいいかも。



市川紗椰。
目を背く 燃えるパプリカ 彼我ひがの春
彼と吾と網にパプリカ焦がす春
(添削後)

市川紗椰にはちょっと期待したのに!
予想以上にダメだったな…(笑)。

なにか難しいことをやろうとしたっぽいけど、
結果的には意味不明な三段切れでした。

本人の話によれば、
網の上でパプリカが焼け焦げてるのに、
それを見て見ぬふりをする自分の姿を、
彼との距離感に重ねた…とのこと。

うーん。ちょっと何言ってるかわからない!

まず上五で、
なにか凄惨な場面から「目を背けてる」と誤解させるので、
中七の「燃えるパプリカ」もなにやら大仰な事態に見えます。

下五の「彼我」は、
相手と自分を対比的にとらえる言葉だから、
あながち間違った用法とも言えないけど、
男女の描写というよりは、
パプリカをめぐる地域紛争とか、
パプリカに象徴される国家戦争とか、
そういう対立の抽象的表現かと見まがってしまう。

たとえば、
パプリカの焦げるのも見ず 春の彼我
のように書けば大仰さは軽減されるけど、
それでも状況はちょっと分かりにくい。

かりに男女の描写だとしても、
まだ出会ったばかりで距離感が埋まらないのか、
もう別れ際で距離が遠ざかったのかも判別できない。

ちなみに、
以前もパプリカを使った句はありましたが、
つい、それが季語なのかと錯覚してしまうし、
色彩的なぶんだけ季語の主役感を喰ってしまいます。
その意味でちょっと扱いにくいアイテム。

なお、
パプリカの一般的な収穫時期は7月以降なので、
本来なら「春の野菜」とは言いがたいらしい。



和牛水田。
先輩をいや肉待ち侘びる二月の夜
焼肉屋の前に先輩待つ余寒
(添削後)

いわく、
「俺が寒さのなかで待ってるのは先輩ではなく肉なのだ」
ってことだけど、

意味も分かるし、句材も面白いとは思う。

ただ、
それは写生というより作者の心情なのよね。
これを描写的に書き換えるのはなかなか難しい。



フルポン村上。
スッカラの窪みは浅し 春の宵


掲載決定だそうですが…
わたしなら断じてボツ!!

句材は悪くない。
描いてる映像は良いと思います。

しかし、
スプーンや匙のヘラ部分を「窪み」って言いますか??
「スプーンの窪み」とか「匙の窪み」とか、
そんな日本語の言い方は聞いたことがない。
むしろヘラじゃなくて柄の部分に「窪み」があるのかしら?
…と誤解してしまいます。

わざわざ「窪み」などと書かなくても、
「浅いスプーン」「浅い匙」と書けば通じるのだから、
この句の場合も「浅いスッカラ」と書けば済むのです。

たとえば、
汁掬ふ浅きスッカラ 春の宵
料理屋のスッカラ浅し 春の宵
スッカラの浅きこと知る 春の宵

のように書けば事足りる。


ところが!!

Googleで「スッカラ/浅い/深い」を検索すると、
なぜか、この「窪み」という表現がネット上に頻出します。

ちなみに、
「スプーン/浅い/深い」で検索しても、
「匙/浅い/深い」で検索しても、
この「窪み」という表現はいっさい出てきません。
せいぜい「掬う部分」「皿の部分」などと出てくるだけ。

にもかかわらず、
なぜか「スッカラ」で検索したときにだけ、
この「窪み」という謎の日本語表現が頻出するのです。
…どゆこと?


あくまで、わたしの想像ですが、
きっと日本語を使い慣れない韓国人のだれかが、
この「スッカラの窪み」という変な表現を使いはじめて、
それが韓国料理業界へと広まったのではないかしら?

そして、村上も、
これをどこかの韓国料理屋かネットで目にして、
俳句にそのまま取り入れたんだと思う。

しかし、
これは日本語の表現としてかなり違和感があります。

日本語の「窪み」は、
全体の中でそこだけ凹んでる箇所を指すわけで、
皿状・椀状の器具などに使う言葉ではありません。
「茶碗の窪みに飯を盛る」
「鍋の窪みで汁を煮る」
「湯船の窪みにお湯を張る」
などとは言いません。

またしても、おかしな日本語が、
公共の出版物に掲載されることになってしまった。
やれやれ。


▽過去の記事はこちら
https://plaza.rakuten.co.jp/maika888/diary/ctgylist/?ctgy=12




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最終更新日  2024.02.13 11:59:00
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